『双桜の、慈し・・・・』



お前が時折屋敷を抜け出していたことも知っている。
この野の花を遠巻きに見つめていたことも知っている。
お前の後姿が酷く小さくこの目に映っていた、見つめることさえ耐え難いほどに。

その野の花の名前を知らぬわけでは無い。
『秋の桜』とも呼ばれるその花をお前が愛する事は知らなかった。
いや、愛でるというよりは・・・どこか哀しみを帯びた眼差しを向けているように感じた。

遠巻きに野の花の海を見つめていたお前には、何が見えていたのか。
その時のお前の心の内を占めていたものは何だったのか。
・・・お前が求めているものが理解できぬ、己のことさえも理解できぬのだから尚のこと理解できなかった。


その野の花はとても儚く見えた。
あたかも其れはお前の知らぬ、お前の姉のようだと思った。
お前は、記憶に無い姉の姿をその花に重ね、思い出そうとしているのかとさえ思った。

その野の花の真の姿をお前は知っているのだろうか。
儚く見えるが、身を切るような秋風にも負けぬ強さをもっているのだという。
だがその強さを決して見せることなく、淡く穏やかに笑うように其処におるのだ。


お前は何を思ったのか、花の海に飛び込む。
お前を引きずり込むように、花の海が小さなお前を飲み込む。
それに気付き駆け寄ろうにも、小さなお前を見失った私は其の場から動くことさえも、何も・・・・


緋真は私にあきれ返っているのだろうな。
私に託した、お前というたった一人の存在さえも護れぬのか、と。
緋真に出来たように、お前にも慈しみというものを与えてやれぬのか、と。

故に緋真はお前を隠したのか。
故に私はお前を見失ったのか。
秋の桜に身を変えて、お前を探し続け、見つけ出し、誘い・・・そして、


秋の桜よ、春の桜からどうか奪ってくれるな。
緋真のいとおしい光は、もはや私の誇りでもあるのだ。
緋真がその命を掛けてまで探し護ろうとしたものを、私もまた同じように護ろうと決めたのだ。

早う帰って来るのだ、ルキア。
お前の居場所は此処だ、其方では無い。
私は常に此処に居る、お前が気付かぬだけで、気付けぬだけで此処に、傍におるのだ。


緋真、お前が妹を呼ぶ声が聞こえた気がした。
ルキア、お前が姉を呼ぶ声が聞こえた。
花の海の底から、引き上げられ導かれるようにして顔を出したのは・・・・

嗚呼、お前は花の海に飲まれ隠されたのではなかったのだな。
小さなお前を包み護るようにして、お前を苛む秋風から、お前は護られておったのか。
其れに比べ私はお前に何をしてやれたのか、たかが刃の一突を代わりに嘗て受けた程度ではないか。


お前が此方を振り返り、驚いたように目を見開く。
思わず私はわざとらしく、何事も無かったかのように目を伏せ背を向ける。
それはお前に、不安の色を帯びた私の目を見られたくなかったからやもしれぬ。

お前に背を向けても、お前の事は手に取るように分かる。
お前が今、私の背中を見て笑ったことも。
お前が花の海に目をやりながら何かの思いを伝え、そして私の背中を追ってきたことも。


「ルキア、お前はあの花が好きか。」
「ええ。優しくて、しなやかで・・・でもとても強い花です。」
「では、あの花を庭に植えるとするか。そうすれば手折らずとも近くで愛でられよう。」

「いえ、手折ることは勿論のことですが、其れもすべきではありませぬ。」
「何故?」
「あの花は、野にあるからこそ強く美しいのです。私はそんなあの花の姿が好きなのです。」

お前は私よりも、あの花の姿を知っておるのだな。
私はお前よりも、あの花に似た者のことを知っておる。
確かに、儚く見えて・・・お前のことに関しては私が驚くほどに強さを秘めていた。

だがお前も、あの花に似た者の妹だ。
お前は尚のこと、屋敷で愛でられ咲く花ではないのだろうな。
分かってはいるのだ、だが其れを分かっていてもなお・・・・

「兄様、あの花は儚げに見えて実はとても強いのですよ。」
「そうか。」
「私も、そんなに弱くはありませぬ。」

「さて、其れはどうだろうな。」
「兄様!!」
「お前からの異議は屋敷で聞こう。秋の夜は長い故、時間ならあろう。」


お前がお前であるならば、
お前がお前らしく在ることができるのならば、
たとえ強かろうと弱かろうと私はお前であれば何も構わぬのだが。

ただ願わくは、容易く散ることも倒れることも無く在って欲しいと。
蒼天の下でお前らしく伸びやかに在って欲しいと。
そして私に、お前を必要以上に苛むものから護れる力が有り続けるように、と。

 

以前書いた「秋桜」(緋ルキ+兄様)の、兄様視点・・・的なものです。

しかしながら、何故拙宅の兄様は女々しくなるのでしょうか。

頑張れ兄様!!

 

 

 

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