『瓊ノ華~たまのはな~』
お前は、私の知らぬところで、
・・・私には想像も出来ぬような苦労をしてきたのだろうな。
兄様は、私の知らないところで、
・・・私には想像も出来ないような苦悩を抱えていらっしゃったのでしょう。
思えば、お前を今まで取り囲んできた世界は、漆黒の海のようだったであろうな。
頼る灯も無く、お前は一人で己を奮い立たせて孤独と闘っていたのだろう。
もしも私が一筋の光をもたらせたのならば、お前はきっと珠の様に輝いたことだろうか。
思えば、兄様は私をいつも見てくださっていらっしゃったのでしょうね。
言葉では多くを語らずとも、その背で私に語りかけようとしていらっしゃったのでしょう。
もしもそれに私が気付いていたならば、兄様から差し伸べられる灯に気付けたはずなのに。
だが、お前を救おうともせず、更に私はお前を双殛に送ったのだ・・・
光を私はお前にもたらすどころか、お前をさらに暗く激しい嵐の中に追いやったのだ。
けれど、私は兄様の思いを知ろうともせず、何も言わずに現世に向かったのです・・・
そっと差し伸べられていただろう灯にも気付こうともせず、背を向けて闇のほうへ。
お前を見殺しにしたときも、私は分からなくなっていた・・・
嵐の中に、己をも追いやっていたことに気付かなかった、あのときまでは。
自分に課せられる罰を覚悟した後も、私は浅ましく生を求めていました・・・
兄様に、あの丘で私を突き放していただけた、あのときまでは。
それでもなお、私は己の真にさえも目を背けたのだ。
あの場でお前に向けられた悲愴な眼差し、それはそのまま私の真の姿でもあった。
それでもなお、私は確かに感謝をしておりました。
今まで育てていただいたことも、罪深き私を見送っていただけることも。
-・・・・けれども、
私は失う痛みを知っている。
この身を貫かれる痛みなど、それに比べれば大したことでは無いということも。
私は失う痛みを知っています。
大事な人を貫く痛み、大事な人が貫かれる痛みは、この身が貫かれるよりも苦しくて。
-・・・本当に、護るべきものは・・・
あの丘でお前に手を取られたとき、私の心が凪いでいくのを感じたのだ。
あの丘で兄様の手をお取りした時、私のすぐ傍に灯があったのだと知りました。
-・・・何よりも、求めていたもの。
これほどまでに、お前の手は小さかったのだな。
・・・嗚呼、このような心地よい温もりは久方ぶりだろうな。
こんなにも、兄様の手は大きかったのですね。
・・・正直、こんなにも温かいものだとは思っておりませんでした。
-・・・だから、
もう闇の海にお前を放ってなどおかぬ。
もう差し伸べられた灯に背など向けません。
今、やっと暗く激しい嵐を抜ける海路を見出したのだ。
今、やっと長い暗闇の向こうに出口を見つけました。
たどり着けそうだ・・・目指すべき場所に。
たどり着けそうです・・・光の指す方向に。
-・・・そう、
この世界にたった二人残され、されど・・・一人ではない、な。
・・・はい、二人でならば、きっと。
-・・・その先に咲き誇るは、薫り高く耀きを放つ白珠。名は、瓊ノ華。
瓊ノ華・・・本当は「瓊花」(けいか)という植物です。
日本では唐招提寺と、あと数箇所しか植えられていない花。
鑑真大和上像が中国に里帰り?した際に、記念に日本に贈られたもので、
大和上の故郷、揚州に咲く花だそうです。
清楚で白いガクアジサイのようですが、花びらが5片で、春に非常に上品で素晴らしい香りを漂わせるとのこと。
つい、私も唐招提寺でこの花の香りのするお香を買ってしまいました。
(仏壇用ですが、室内香としても充分かぐわしいです。)
これはインフルにもめげずに5月末に行った旅行ネタから。
鑑真大和上の苦難の道と、二人の苦難を重ねつつ。
時機は逃していましたが(というか、花の存在さえ知らなかった)、境内は他の花に包まれてとてもいい香りが漂っていました。
大和上の墓所、「聖域」「サンクチュアリ」というのはまさにこのことか、という感じでした。
でも、本文とこの花、何にも関係ないですよね・・・(挫折)
せめてこの華の香りが漂うような、この先に穏やかで柔らかな光が満ちているような未来が広がっていて欲しい、という思いを込めて。
この二人、「家族」という点においては、お互いに不遇でしたからね。「これから」の世界に願いを込めて。
「テキストたち」に戻る / topに戻る