・・・先程の兄様は、大層ご様子がおかしかった。
兄様も私も、明日は久々の休暇の予定である。
共に連れ立って外出をしようとの兄様からの有り難いお誘いを頂き、
では明日身に付ける着物を兄様にも是非一緒に選んでいただこう、と思った。
―兄様、折角兄様のお出かけにお供できるのですから、
是非兄様にも着物を選んでいただきたいのです。
兄様のお気に召された柄でご一緒したいので・・・。
―構わぬ。
・・・兄様も私の不躾なお願いにも応じてくださった、はずであった。
侍女と一緒に、兄様の前で仕舞われていた着物の畳紙を丁寧に広げていく。
春先には此方の柄が宜しいでしょう、と薦められたり。
鴇色の地に春先の白梅がいっぱいに描かれたものや、淡い藤色の地に枝垂桜が咲き誇るもの・・・
萌黄の地を春の野に見立て、蝶の舞う柄もあった。
どれも、兄様が私のために仕立てさせたものであった、はず。
そして、一度は袖を通し、兄様の目にご覧に入れたもののはず・・・・
一度も、似合っている、とか・・・褒めていただいたことは無かったけれども。
だからこそ、今回は・・・・
けれど・・・
兄様は、決して縦に首をお振りにならなかった。
「・・・兄様、一体何がお気に召さないのでしょうか・・・」
「・・・・」
「これでは、あとはいつも着慣れた死覇装くらいしか・・・」
「それで構わぬ。」
「え、ですが・・・・折角のお休みで、ご一緒させていただけるというのに、」
「構わぬと言っている。
私も死覇装でいれば問題なかろう。休み故隊首羽織は身に付けぬが。」
・・・兄様は、二言を仰らぬ方だ。
これ以上私が何かを言えば、それこそ・・・
途方に暮れた私と、兄様の後ろで控えていた清家殿の目が合った。
「部屋に戻る。清家、お前は片付けの手伝いをせよ。」
そういうと、兄様は清家殿を残し、部屋に戻られた。
「御意」とだけ発し、兄様の後ろ姿を見送られた清家殿は・・・私のほうを振り返り、穏やかに微笑んだ。
「清家殿・・・私は何か兄様のお気を害するようなことを・・・・」
「・・・ルキア様、何も案ぜられる必要はございませぬ。」
「・・・・」
「とはいえ、折角のお休みでお二人で外出されるというのに、死覇装だけでは少々寂しゅうございますね。」
「・・・兄様は、何をお考えなのでしょうか。何がお気に召さないのでしょうか。
あれらの着物は、全て兄様が・・・・」
「あれらをお召しになられたルキア様を、白哉様は目を細めてご覧になっていらっしゃいました。よくお似合いでいらっしゃいます。」
「では何故・・・・」
翌日、私は死覇装を身に付けた。
当然のことながら、兄様も・・・羽織こそ無かったけれど、同じ姿で。
「・・・、」
やはり、お気づきになられたか・・・。
兄様は、私の死覇装の衿・・・厳密には、重ねて着た襦袢の衿にそっと触れた。
清家殿から兄様があのようなことを仰った理由を聞いたとき、私は只の死覇装でも構わない、と思っていた。
だが、清家殿は・・・侍女に新しい半襟をいくつか探させてくれた。
「折角のお休みでございましょう。少しでもルキア様が華やいだお気持でいらっしゃることが出来ますように。」
これなど如何でしょう、これもルキア様のためにお求めになられたものですよ、と薦めてくださったのが、
今日・・・死覇装の下の襦袢に縫い付けてある、半襟だ。
・・・桜の地紋が織り出された白い絹の地のところどころに、ごく淡い桜色に染められた絹糸で桜の花びらが刺繍されたもの。
「これでしたら他の方に一瞥されただけでは目立ちますまい。
お求めになられた白哉様はすぐにそれとお分かりになられるかも知れませんが。」
「・・・・」
「明日はよい一日になると、良いですね・・・。」
「・・・清家か。」
「やはりお気を害されましたでしょうか、でしたらいつもの襦袢に・・・」
私は兄様の顔を見ることなく背を向けようとしたら、ぐっと手首をつかまれた。
「・・・それで構わぬ・・・似合っている。」
・・・振り返って見上げた兄様の目は、昨日とは打って変わって・・・穏やかに細められていた。
「ぬばたまの衣故に、より映えている・・・ささやかな桜の衿も・・・
・・・何より、お前が。」
「兄様・・・?」
―清家殿、何故兄様は・・・
―白哉様は、ルキア様が晴れ着をお召しになられる姿に目を何度も細められていらっしゃいました。
それ故に、他の方のお目に留まるようなことがあってはお困りになられるのでしょう。
―この私になど、誰も目などくれないでしょうに・・・。
それに、一度も兄様はお褒めになどならなかったから、折角お贈り下さった着物が似合わなくてがっかりされたものだとばかり・・・
だから先ほども・・・
―それは違いますぞ、ルキア様・・・
それから・・・このようなことを仰っていらっしゃいました。
―・・・?
「ルキアには、誇りを抱いて身に纏う、あの死覇装がやはり一番似合うのだ。
着慣れぬ晴れ着を無理に着せられ朽木の者として振舞う姿よりも、
・・・一人の死神として気高く振舞う姿が、何よりもあの娘にふさわしい。」
ぬばたまの黒き衣を纏い舞う私を包む・・・貴方の至愛
・・・私は初めて、兄様に・・・褒められた。
愛でるように、慈しむように・・・再び桜の衿に置かれた兄様の冷たくも温かな指に、
そっと自分の指を重ねていた。
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