ひさかたの

 

ぬばたまの黒き衣を纏う君・・・内に秘めたるはひさかたの
 
・・・お前は着飾らずとも、既に美しいのだ。
 
 
明日は私もルキアも休みであることを、つい先程知った。
そうであるならば、珍しく休みが合ったこの時を奇貨として・・・遠出をしてみるか、と思い立った。
それをルキアに告げれば、あの娘に嬉しそうに微笑まれた。
そして、「どうせならば一緒に明日の着物を選んで欲しい」という申し出を受けた。
・・・私も、あの娘がたまに見せるそのような愛らしい姿がいとおしく、また断る理由も無かったので、
ともに選ぶことにした、はずであった。
 
ルキアが侍女らとともに、そわそわとした様子で・・・私の前で着物の畳紙を広げてゆく。
それはかつて、この娘のために誂えた晴れ着や小紋たちであった。
その一つ一つにまつわる、柄を選んだ時のこと、この娘に送ったときのこと・・・細かな思い出が、
畳紙が広げられ、私の双眸に鮮やかな色彩が飛び込んでくるたびに鮮明に思い出される。
何一つとして、忘れもしない・・・ひとつひとつの衣に、せめてもの思いを込めていた。
そう、たとえ長きに渡って冷たい距離がこの娘との間にあったとしても。
 
かつて、
これらに袖を通し、はにかんだような笑顔を一瞬だけ見せ、
すぐに申し訳なさそうな顔を見せたお前。
そのような顔をするな、と何度も思いながらも、口には出せなかった私。
そこで一言、「似合っている」と言ってやれれば、お前も再び笑ってくれただろうに。
現に、似合っては、いた・・・この娘のために選んだのだから当たり前といえばそうなのだが。
 
・・・それ故であろうか、この娘が此等に袖を通し、遠出をすることが・・・
今更ながら、たまらなく口惜しくなった。
偶々出くわしたような者に、私よりも先に「似合っている」などと軽々しく言わせたくないのだ。
そもそも、私以外にこの娘を愛でられるようなことなどあってはならぬ。
 
それに・・・私は知っている。
この娘が何よりも輝き、美しいと腹の底から思える姿は、このような晴れ着を着飾らせた姿ではない、ということも。
 
そう、この娘にふさわしいのは・・・この娘が、この娘らしい輝きを放つことが出来る姿は・・・
朽木の者としてあたかも武装するような晴れ着姿ではなく、
・・・一人の死神として誇り高くあろうとする、ぬばたまの衣を纏い、立ち、舞う姿。
 
私が一向に首を縦に振らぬのを見て、ルキアは困り果てたような顔をしていた。
「何がお気に召さないのでしょうか・・・これでは死覇装しか・・・・」
私は何の迷いも無く、「それで構わぬ」と。
がっくりと肩を落とすルキアを見ることが出来ず、私は背を向けて部屋に戻った。
分かってはいるのだ、折角の休日なのだから、娘らしく華やいでみたい、と思うだろうことも。
 
だが・・・
 
 
 
・・・あまりにも部屋中に着物を広げすぎたため、片づけを手伝わせるために清家を残してきたが、
その時は・・・私が「それで構わぬ」と言った理由までルキアに告げるとは思っていなかった。
 
 
 
翌日、ルキアは言ったとおり、死覇装を身に纏っていた。
不機嫌であろうか、肩を落としたままであろうか・・・と危惧していたが、
黒い衣に袖を通していた目の前の娘は、どこか嬉しそうにも、誇らしそうにも見えた。
が、なおもどこか様子が違うことに、すぐに気付いた。
・・・凛としているこの娘に、僅かに、微かに、この娘の年頃らしい華やぎが添えられていた。
「・・・、」 
思わず、ルキアの襟元に、自分の指を伸ばし、触れていた。 
 
 
・・・死覇装の下に重ねた襦袢に縫い付けられた、桜の半襟・・・
 
 
そう、これも私が買い求めたものであった。
あれらの着物を誂える際に偶々目に留まったもので、桜の地紋が織り出された白い絹地に、
淡く染められた桜色の絹糸で、舞い散る桜の花弁を刺繍したもの。
「朽木の者」としてのあの娘に誂える豪華な着物に合わせるには負けてしまいそうで、半襟自体必ずしも豪華なものではなかったが、
ひどく惹かれたことを覚えている。
あの時・・・淡く優しくこの娘の襟元を飾ったら、どれだけ映えるだろうか、と思ったのだった。
 
この衿の存在を知っていたのは、私と・・・当時その場に共にいた清家のみ。
恐らくは、肩を落としたルキアのために、この半襟のことを思い出し、勧めたに違いない。
・・・確かに、あの晴れ着達には負けるかも知れぬが・・・この余計な柄の無い黒一色の衣であれば、
逆に桜の地紋が光の加減で煌き、映えるだろう。桜の刺繍もまた然り、といったところか。
 
・・・かつて私が想像したとおりに、白い桜はこの娘の胸元で煌き、咲き誇っていた。
そして何よりも、桜の煌きの照り返しを受けたルキアの白い肌を、より白く輝かせていた。
 
私が気分を害したと勘違いをしたルキアが、すぐに着替えてくるといって背を向けようとした。
とっさに、私はあの細くて白い腕を掴んでいた。
 
 
 
・・・いつ、私がお前に「似合わぬ」と言ったか?
今までも、そうだ。
私は、一度も・・・お前に「似合わぬ」とは言った事はない。
「見苦しい、気分を害する」などとお前に言い放つなどは以ての外。
そう、お前のために選んだものだ、お前に似合うものを選んだつもりだ。
そして・・・似合っていた。口に出来なかっただけだ。
だが、
 
 今のその姿・・・その衿・・・そしてお前。
今まで贈った、誂えた、どの着姿よりも、
 
 
「・・・それで構わぬ・・・似合っている。
 ぬばたまの衣故に、より映えている・・・ささやかな桜の衿も・・・
 
 ・・・何より、お前が。」
 
「兄様・・・?」
 
 
 
・・・初めて、ルキアに・・・似合っている、と告げた。
 
 
 
 
 
 
 
 
ひさかたの秘めたるむらさきの誇り高きお前を・・・誰よりも愛さん
 
 
 
 
この娘の襟元で咲き誇る桜の花弁に、そっと再び、指で触れた。
その私の指に、この娘の柔らかで温かな指がふわりと重なった。

 

 

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