『みるめ無いキミだからこそ・・・・』
キミは何にも知らんでええんよ。
キミは何も見る必要はないんよ。
ボクがキミに意地悪する理由も、
ボクが貼りついたような笑顔でキミに接する理由も、
ボクが蛇のように音も立てず気付かれずに暗躍することも、
何も、知らんでええよ、見んでええよ。
寧ろ、知ったらアカン、見たらアカン。
もしもキミにボクの本当の姿を見つけられたら、
もしもキミにボクのしようとしていることを知られたら、
・・・きっとボクはキミを守れなくなる。
海の中に広がる深く青く暗い世界が、浜辺で波と戯れるキミからは見えひんように、
強い海流に抗いながら泳ぎ進むボクの姿が、穏やかな日の光に包まれる君が知らへんように、
キミから見えひん世界だからこそ、ボクはキミのために動けるんや。
キミの知らへん理由があるから、ボクはキミのために事を為せる。
キミを巻き込まずに、キミを守り抜ける。
たとえ表面上は・・・キミをからかい、傷つけ、翻弄することがあったとしてもや。
それでもな、
ふと、思う事はあるんよ。
ボクがキミのことを、どれだけ見つめてきたか・・・知って欲しい、と。
キミがどれだけ・・・ボクを『見る目』がないんや・・・と。
せやけど、
キミがボクのことを勘違いしてくれているからこそ、
ボクはボクのやり方で、キミを護れる。
キミからボクの真の姿が『見えない』からこそ、ボクは・・・・
キミがボクの為そうとしていることが『見えない』からこそ、ボクは・・・・
もし、
キミがボクのことを知ってしまったら、
キミがボクの姿を見てしまったら、
そのときは、
そっと、ボクの見えひんところで、泣いてくれはる?
・・・ボクはきっと、それだけで充分や。
此れが、海松(みる)です。海草です。
今はあまり食用にしなくなりましたが、昔はワカメや昆布と同じように
食卓でおなじみだったとか。
身近だったことを物語るかのように、和歌でもよく用いられたり、また文様の一つとして
象られて愛されたそうです。
なお、ギン氏が語るお相手は・・・ご想像にお任せいたします。