『染め染まりしは野山か君か』
「隊長~、京楽隊長のご実家の庭で躑躅が満開だから、是非見に来ないかってお声が掛かったんですよ~」
「松本、それはお前に声が掛かったんであって、俺じゃねーだろ」
「え~っ、京楽隊長からは、『浮竹も来るから』って、隊長も是非にって」
「だったら尚更行けるか!!」
「何でそんなに浮竹隊長がいっしょだと嫌なんですかぁ?」
「別に浮竹が嫌いなんじゃなくて、浮竹からの一方的な菓子の押し付けがだな・・・」
とりあえず、適当な茶菓子を差し入れに持っていくように松本に伝え、俺は隊舎に残った。
「躑躅、か・・・」
ふと、執務室の自分の机から、窓の外を見やった。
もう皐月だ・・・桜はとっくに終わり、新緑が眩しいほどの光を放って俺の目に飛び込んでくる。
温かな日が部屋に差込み、長閑だが爽やかな風が部屋を吹き抜けようとする。
「そうだ、アレも・・・丁度此のくらいのころか」
・・・あれは、まだ・・・
俺も雛森も流魂街の住人で、ばあちゃんと一緒に暮らしていて・・・
「シロちゃん、向こうのお山で躑躅がたーくさん咲いてるんだって!!」
「ん?・・・俺は別に興味ねーよ」
「そんなこと言ってないで外に出ようよ!!面白いことを教わったんだよ!!」
「わ、コラ離せ!!寝ションベン桃っ!!」
「おばあちゃん、シロちゃんとお山に行ってくるね!!」
「全く・・・もっと皆と仲良くなれるように自分から行かなきゃ!!」
「別に俺は誰とも仲良くなりてーだなんて思っちゃいねーよ。」
「そんなんじゃもっと怖がられるじゃん」
「一方的に怖がって近寄らねーやつには、何やっても無駄だろ」
俺は雛森に袖を引かれながら、躑躅が咲いていると言う山に連れて行かれた。
話のそぶりから、他の奴らと合流するのか・・・また畏怖の目で俺は見られるんだろうな、と思っていたが、どうやらそういうわけでは無いらしい。
「おい桃、他の奴らは?」
「え?私たちだけだよ。」
「てっきり他の奴らもいるのかと思ってた。」
「皆にここを教えてもらったのは本当のこと。でも、シロちゃん、皆といっしょだと逃げちゃうでしょ?」
「別に俺は逃げやしないぞ、あいつらが気味悪がって逃げるだけで」
「そうやってシロちゃんは逃げようとする、みんなと話をする前から。」
「俺に説教するために連れてきたのかよ。」
あ、ここだよ、と言って、雛森は足を止めた。
「綺麗でしょう?」
「・・・すげぇ・・・」
其処には色とりどりの躑躅が咲き乱れていた。
大振りなものから小さなものまで、燃えるような赤いものから雲のような白いものまで。
葉があるものもあれば、花だけ先に出てきたものもある。
色鮮やかな毛氈が敷き詰められたかのように咲き誇る、躑躅の海が広がっていた。
「桜の花が終わったら、躑躅の季節なんだって、皆が教えてくれたの。」
「・・・・」
「でね、躑躅の花でね・・・いいことも教えてもらったの。」
「あ、さっき言ってたな。」
雛森が傍に咲いていた躑躅の花をそっと根元から一輪摘み取ると、そっと花びらだけを引き抜いた。
「この花びらの根元に、蜜があるんだって。すごく甘くて、花の匂いもあるんだって。」
「・・・いいことって、それか?」
それくらい、俺だって知ってる。
但し、躑躅によっては毒の有るヤツもあるから、注意が必要なんだが。
其のことについては・・・雛森は知ってんのか?
「えっと、他にはどれがおいしそうかな~」
「おい、桃」
「ん?何?」
「お前、躑躅ってもな、中には」
「えっと、コレは試したことがないから・・・」
俺の話を聞いているのかいないのか、ふと雛森が手にしていたのは、馬酔木(あせび)。
何のためらいも無く雛森は蜜を吸おうとしていた。
「桃!!其れは食うな!!」
「どうしたの?」
「馬鹿野郎、其れ毒が有るんだぞ!!」
「えっ!!」
雛森は慌てて虫を払うかのように馬酔木を手から払った。
以前口にしたかと確認したら、今見つけたばかりの花だから・・・と。
過去にも今も口にしていないと分かってホッとしたが、あまりにも無防備すぎるだろ・・・。
「その躑躅は毒が有るんだぞ。他にも其処の赤紫のヤツも。
勿論毒が無いやつも沢山あるけどな・・・。」
「そうだったんだ・・・・」
「あいつらも何も知らずに桃に教えたのかもしれねーけど、何も知らないで無闇に口にすんなよ。」
「うん・・・・」
雛森ががっくりと肩を落として落ち込んでいた。
・・・さすがに、きつく言い過ぎたか?きつい言い方になっちまったか?
そもそも、雛森が俺をここに連れてこようとしたのは、躑躅が咲いていて綺麗だから、
其れを口実に・・・周囲の目を気にして外に出たがらない俺を連れ出そうとしたんだろう。
蜜の話も、俺を連れ出す理由に付け足したかったんだろう。
ただ花が綺麗なだけだけでは、俺が外の世界に目を向けるには材料が足りないだろうから。
何か、雛森の気を紛らわすよな物、ないか・・・?
辺りを見回すと・・・ちょっと離れたところに、薄桃色の躑躅が咲いているのが見えた。
濃い色鮮やかな躑躅よりは・・・
落ち込む雛森から少しの間だけ離れ、花の傍に近寄り、其の枝を折った。
「桃、」
「・・・何?」
「・・・此れやるから、もう落ち込むな。これから気をつければ良いだろ。」
正直、自分の柄でもないと・・・あの時から分かっていたんだろうが、
確か俺は、あの時恥ずかしくてそっぽを向いていたと思う。
でも、小さな「ありがとう」の声と同時に・・・少しだけ雛森が笑ったのだけは、分かったんだ・・・・
「・・・長、・・・隊長っ!!」
「・・・何だよ、やけに早く帰ってきたんだな。」
「なんだよ、はこっちの台詞ですよ、全く・・・。
まだ日は落ちていないし、いくら暖かくなったからって、こんなところで寝ちゃ風邪引きますよ。」
どうやら、暖かな日の光と心地よい風のせいか、
俺は外を見ながらいつしか夢うつつといった様相だったらしい。
「寝ちゃいねーよ、お前とは違うんだからな、俺は。ただうつらうつらしていただけだ。」
「ひっどーい隊長!!いつも私が寝たりサボったりしてるような言い方!!」
「何か間違ったこと言ったか?松本。」
「・・・ま、べつに良いですけど。」
松本が俺にそう言ったあと、しばらくしてコトリ・・・と言う音がした。
音のした方を見ると、俺の机の上に薄桃色の躑躅一枝が小さな花入れに活けられて置かれていた。
確か・・・その躑躅は・・・
全く同じものではないと分かっている、が、あの時のものと似たような色だ。
「此れはどうしたんだ?」
「京楽隊長の所にお邪魔したら、雛森も来ていたんですよ。」
「雛森が?」
「私も知らなかったんですけれどね・・・京楽隊長が『気晴らしに見に来ない?』って、七緒に言って声を掛けてたみたいなんですよ。
私一人だったのを見て、雛森が・・・隊長が忙しくて来れないと思ったんでしょうけれど、京楽隊長に一言断って、
庭の躑躅を一枝折って、隊長に渡して欲しいって押し付けたんですよ。
其れが、其の躑躅ですよ。」
「・・・・」
「結構躑躅ってハッキリした色が多いイメージですけど、可愛い色ですよね、其れ。
柔らかい色のも有るのねぇ、なんて言いながら受け取りましたけれど・・・
でも隊長に躑躅を見せてあげたいからって、ホント雛森らしい色を選んだと言うか。」
「・・・・」
「どうしたんですか?そんな唖然とした顔なんて。」
「いや、別に・・・そうだ、その・・・躑躅を見るのは、もうお開きになったのか?」
「ええ、七緒が京楽隊長の飲酒阻止したので、比較的早めにお開きになりました。
でも私のお土産が徳利最中だったんで、京楽隊長と浮竹隊長は良い感じでほろ酔いでしたけれどね。」
「それじゃ意味ねーだろ・・・浮竹まで調子乗って酔って身体に障ったらどーすんだ・・・。」
「でもね隊長、京楽隊長のご実家の躑躅鑑賞は今日一日だけですが、
・・・隊長が以前住んでいた流魂街の付近は、これからが見頃なんじゃないですか?」
「?」
「雛森が、そう言ってましたよ。これから潤林安は躑躅が咲き始めるんだ、って。」
笑うのを堪えながら俺にそう言う松本の顔をふと一瞥すれば、
まるでお見通し、と言わんばかりに目だけは雄弁に語っていた。
・・・チッ・・・。
「ま、私は隊長の外出とか、休暇とか、大歓迎ですけれどね。」
「其の分仕事が増えるはずだが?」
「でも監視役はいないでしょ?・・・あら、つい本音が・・・。」
「松本ォォォォ!!!!」
躑躅の蜜を吸ったことのある方、結構多いのではないでしょうか?
シロちゃんにだって、こんな出来事があってもいいんじゃないかな、と思ったんです。。。
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