『この世界に咲かぬ花の夢をみる』
「・・・帰ってきたのだな、この場所に。」
私はあの時、一度確かに死んだはずなのだ。
偽りの太陽に身も心も斬り捨てられた。
あの混沌とした世界に、少しでも秩序というものがもたらされるのならば・・・。
そう願い、私は従い、戦った。
私が守ろうとしたもののために、守れなかったもののために。
だが、結果はどうだ?
我々は、何のために生まれたのか?
我々は、何のために戦ったのか?
我々は、何のために死んでゆくのか?
私の司る『犠牲』とは、このようなものだったのか?
・・・ふと、温かなものに包まれた感覚に気付く。
殆ど『死に体』であろう私の身体を、何かが包んでいるようだ。
傍らで、ミラ=ローズやスンスン、アパッチが、私を心配そうに覗き込んでいた。
その背後には、死神2人の姿が見える。
・・・あれは、確か虚圏にやってきた・・・。
「無理に動いちゃダメ!!」
「そのまま横になっていてください!!ハリベル様!!」
私が身を起こそうとしたとき、藍染が現世から人質として連れてきた少女の声が聞こえ、
アパッチたちの私を制する声が聞こえてきた。
「皆の言うとおりだぜ。そのままじっとするのが一番だろーよ。な、ルキア、井上。」
「ああ、そうだな。
そのほうが治りも早いし、他の3人の治療に取り掛かるのも早まるからな。」
「そういうこと。だからお願いじっとしていて。」
・・・そうか、そういうことか・・・・
改めて、この破壊した街を・・・目だけを動かして眺めてみる。
偽の街だというが、現世を模して精巧に作られた世界だとか。
・・・彩りに、こんなにも溢れているのか。現世は。
「おい」
「何?」
「あれは・・・何だ?」
私の視線の先には、茶色く絡み合った塊があった。
だが、無秩序に置かれているというよりは・・・何か意図的に其処に置かれたもののようだ。
私の視線の先にあったもの・・・私の問いを理解したのか、
私の治療に専念している人間に代わり、死神の少女が私の問いに答えた。
「あれは・・・生垣だな。
建物や敷地を区切る塀みたいなもので、それが植物で出来てるというだけだ。」
「そうか・・・彩りのある草木が現世には存在するのだな。」
「そっか・・・虚圏には草木がねーもんな。石で出来ているものは見たけれどよ。」
「あの生垣は・・・馬酔木のようだな。というか、名札がぶら下がっておる。」
「ここは公園だったのかな。木の名前の札があるってことは。」
「馬酔木?」
「ああ、そういう植物があってだな・・・春になれば、白い・・・
そうだな、壷がひっくり返ったような形の小さな花がわんさかと咲くのだ。
愛らしい花だぞ。
但しその外見に似つかわぬ毒があるのだ。」
「そういや、アレって五番隊の花だったよな・・・藍染が以前隊長だった」
「ちょ、ちょっと阿散井くん??」
「恋次!!お前ってヤツはこの者らの前でその名を出すか??・・・」
死神の男の失言に向かって、人質だった少女と死神の少女が眉を潜めて嗜める。
ふと3人の顔を見やると、皆・・・やり切れぬ顔をしていた。
其の外見に似つかわしくない毒・・・か。
確かに、あの者に似た花か。
「花言葉は『犠牲』・・・だったよね、朽木さん。」
「たしかそうだったな。
あの白い花に、その花言葉も似つかわしくはないが・・・。」
「・・・その花は、ハリベル様にこそ相応しい。」
ふと、そんな声がアパッチの口から聞こえてきた。
「何故、そう思う?」
「ハリベル様が司るのは『犠牲』・・・あんなヤツよりもハリベル様のほうがよっぽど相応しいです。」
「しかし、私は犠牲を出しすぎた・・・お前達にも酷い犠牲を強いてしまった。
それは、私の望んだものではない。
・・・それに、お前達には・・・それだけでは無い、更に余計に辛い犠牲を強いてしまったな。」
「え?」
「・・・人間に、死神に・・・私を救うようにと頭を下げたのだろう?」
「オイ、テメェ・・・」
「よせ、恋次。」
「コイツ、助けてもらっている分際で」
「・・・分からぬか?仮にも私達がこのような立場であったらどう思うか?
屈辱を感じるものも少なくなかろう?
ましてや貴様は十一番隊に居た身、そうだろう?」
「・・・・」
「もう少しで終わるから、そうしたら3人の治療もしますね。」
「ああ、頼む。」
こういう犠牲であれば、私は構わない。
お前達の怪我を治すためにプライドを捨てるくらいの犠牲ならば、な。
たった一言、「頼む」という言葉を発するくらいならば。
お前達も、同じ気持ちだったのだろうか・・・。
「白い壷みたいな花って、どんな花なんでしょうね。」
「知るかよ、そんなモン。」
「じゃあ現世に行って見てくればいいじゃないか。」
「あら、そんなことしたらまた争いごとになるのは目に見えておりますわよ。
あれだけの戦いをしたにも拘らず全く学習をされないなんて困ったものですわね。」
「言いだしたのはお前だろ??」
・・・虚圏に戻ってきてからも、この3人は相変わらずだ。
だが、それで良いのだ。こういう争いごとであれば。
「虚圏には、色が無いな・・・・」
「ハリベル様・・・?」
「だが、虚圏には闇が相応しい。闇の中では色など意味を持たない。
闇に彩りを求めるのは無意味だろう?」
もっとも、闇の中であったとしても・・・夢を見る事は禁じられていない。
だから、夢の中で、あの戦いの中で見た現世の彩りの夢を見ようか。
生き抜いたからこそ夢を見ることも出来る。
・・・此処では咲かない、あの花はどんな姿をしているのだろうか。
私と同じ、『犠牲』を司るという、あの花は・・・・
あの花の彩りも、果たして夢に出てきてくれるだろうか?
五番隊の隊花でもある馬酔木(あせび)。可愛らしい花です。
・・・ハリベル様が実は生きていたと知って、ホッとしたのは私だけじゃないはず、と信じたい。。。
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