『色無き花の意』

 

 

職務を終え、屋敷に戻る。
先日の緊急招集の代休を取っていたルキアが、私の部屋の前まで来た気配を感じる。
厳密には廊下までであったが。
 
廊下では寒かろう。
この時期は立春を過ぎたものの、寧ろ寒さが一段と厳しくなるものだ。
早く「失礼致します」だの「兄様、少々宜しいでしょうか」だので構わぬ、声を発するがいい。
 
だが、何がお前を逡巡させるのか。
一向にお前は声を発しない。
・・・いや、気配こそ其処にあれど、石のように固まったかの如く、動きが感じられぬ。
 
「ルキア、」
「は、はいっ・・・」
「其処におるのは分かっている。入るがよい。」
 
上ずった声で私に答え、「失礼致します」と唱えるかのように小さな声を発したのち、おずおずと入ってきた。
後ろ手には、何かを持っているようだった。
 
「して、用事は何だ。」
「え、その・・・・」
「その包みは?」
 
声にならない声で小さく呻きながらも、降参したかのように・・・
ルキアは私に、一輪の白薔薇が添えられた小さな包みを差し出した。
箱ではなく、どうやら紙袋に入っているようであった。
 
「此れは?」
「あの・・・現世では親しい間柄の者に菓子を贈る習慣があるとのことでして、兄様にはいつもお世話になっているものですから・・・・
ですが、親しいなんておこがましくて・・・その・・・やはり」
 
消え入りそうな声で尚も言葉を続けようとした。
其れを聞くことに耐えられず、私は包みに手を伸ばした。
このまま言葉を続けさせれば、空気に耐えられずに包みを抱えて部屋から出て行きかねない雰囲気になっていた。
 
「煎餅か。」
「・・・現世の、唐辛子煎餅です。
美味しいと有名だと聞きましたので、兄様のお口に合うかどうか不安ではございましたが・・・・」
「お前は食したのか?」
「いえ、あの・・・申し訳ございません、かなり辛いと伺ったので、味見まではとても」
 
確かに、この娘の食事には甘い味付けのものを多く出していて、辛味の強いものを出させたことはない。
そういえば、以前漬物に入っていた唐辛子を誤って口にして涙目になっておったか。
恐らくは、私へ贈り物することそれ自体と、自分が試してもいないものを贈ること、それらへのためらいがあって逡巡していたのだろう。
 
小さく縮こまった娘の前で、中から煎餅の袋を1枚取り出す。
ぴり、と袋を破き、目の前で口にする。
驚いて大きな紫の目を更に大きく見開いたルキアの前で。
 
「・・・確かにお前には辛すぎるやもしれぬな。」
「そうでございましたか・・・・」
「だが、私には丁度よい。礼を言う。」
「そ、そんな勿体無いお言葉でございます!!」

 


ふと、煎餅の入っていた紙袋に添えられた白薔薇に目をやる。
 
「ルキア、この白薔薇は?」
「・・・煎餅の入った紙袋には何も模様も飾りもなく、余りにも寂しかったものですから・・・・」
 
聞けば、何か飾りになるようなものが無いかと捜していたとところ、
偶々一輪ずつ売られていた薔薇を目にしたとのこと。
 
「その紺色の袋に似合うのが白い薔薇かなと思ったのと・・・
他の赤や黄色よりも、白い色が兄様に似合うと思ったので・・・・」
 
花を購入した際に、店員に依頼して紙袋に留めてもらったのだという。


 
―あの、この袋にテープとかで付けてもらう事はできますか?
 飾りも何も無くて寂しいので、その薔薇を一輪付けたらどうかなって思ったのです。
―ええ、大丈夫ですよ? 袋に合わせてちょっと茎も切って宜しいですか?
 茎の先は乾燥しないようアルミホイルで包んでおきますし、セロハンも巻き直しますね。
―お手数を掛けてすみません。
―丁度バレンタイン用のシールもあるので、それもお付けしますね。
 


ルキアが「お煎餅にはお茶が必要ですよね、今お持ちいたします。」と言って部屋を出て行く。
私が煎餅を口にしたことに安堵したのだろうか、幾分か足取りが軽い。
 
・・・だが、私は・・・ルキアの持ってきた煎餅とは違う、別のことを思案していた。

 


 
以前、珍しい白薔薇を入手したことがあった。
香り高く、大輪で、花姿も大層立派なものだった。
緋真がまだ存命だった頃・・・この屋敷で共に暮らし始めたばかりの頃だったろうか。
慣れぬ中で、少しでも心を和らげるきっかけになれば、と・・・侍女に指示し、緋真の部屋に飾らせたのだ。


 
「緋真様、本当にお美しい薔薇でございますね。」
「ええ。
ですが、このような素晴らしいもの、私には勿体無いくらいです。
きっと大変珍しいものでございましょう。」
「そういえば緋真様、白い薔薇の花言葉、ご存知でいらっしゃいますか?」
「え?」
「『私は貴女に相応しい』というものでございます。
花言葉は、贈る側がその花に気持ちを込める際に用いるものでございますから・・・・
・・・その様な花を緋真様に贈られた白哉様は、本当に緋真様を」
「そんな・・・私のような浅ましく、罪深い者が・・・・」


 
あの時は、その様な意味合いがあることを知りもしなかった。
侍女も、慎み深く必要以上のものを求めず、いつも私からの贈り物を「畏れ多い」と言っていた緋真の気持ちを

少しでも和らげようとして告げたのやも知れぬ。
・・・だが、あの時の緋真には重すぎたのやも知れぬな。
 
結局、其の日中・・・緋真は私と目を合わせる事はなかった。
白薔薇も、緋真の部屋ではなく客間に飾られることとなった。
屋敷を訪れる客人は口々に愛でたが・・・あの時最も愛でて欲しいと願った存在には、結局受け入れてもらえなかったのだったな。

 


 


あの白薔薇に比べれば、ルキアが持ってきたものは香りもそれほど強くは無い。
花姿も、緋真に贈ったものと比べれば、幾分か柔らかな姿をしているやもしれぬ。
小ぶりな花も、どことなく小柄で慎ましやかな、あの娘のようだ。
 
だが、白薔薇。
恐らくルキアは知るまい、その花の持つ意味を。
緋真の妹であり、先程も煎餅を片手に部屋の前で逡巡していたような娘だ。
知っていたならば、此れを飾りとして花を括りつけるなど考えまい。


やがて、そろりそろりと・・・茶をこぼさぬようにと運んでくる気配が近づいてきた。
どうやら清家から、お気に入りの菓子も貰ったようだな。
何処と無く嬉しそうな気配も感じる。
そんなお前を待つ私の口元も、少しだけ緩む・・・お前が緩ませる。
 
お前はお前の気づかぬところで、私の不意を衝いてくる。
だが、其れも快い。
 
紺色の紙袋から、白薔薇を丁寧に外す。
後程、小さな一輪挿しでも用意させるとして。
 
「・・・『私は貴方に相応しい』か・・・・」
 
お前の知らぬその言葉を、
お前が意図することもなく私に告げたその言葉を、
 
さて、私は何時そのままお前に返そうか。

 


少なくとも兄様的には知ってしまって幸せのようですが、ルキアさんが知ってしまったとき、どうなるのやら・・・。
ちなみに、白薔薇には「心からの尊敬」という意味もあるのですが、せめて其方の意図を汲んでくれたら良かったのかもしれません、拙宅のルキアさん的には。。。 
 

 

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