『初めての贈り物』

 

(その3)

 

 

「清家殿、」

「ルキア様、如何なされましたかな?」

「あの、今お時間は宜しいでしょうか・・・?」

「ええ、宜しゅう御座います。」

 

いつにも増してよそよそしいルキア様。

もっとも、今も私にはあまり心を開かれてはいらっしゃらないのですが・・・

私も白哉様付きの従者で御座いますから、致し方ないといえばそうなのですが。

 

「あの、此れを・・・。」

「此れは?」

「・・・栗羊羹です。」

「栗羊羹、で御座いますか?さてどちらのお店の」

「あの、これは私が厨の皆様と一緒に、その・・・お手伝い頂いて・・・もしも宜しければ、」

 

ホ、それで今日は厨がとても賑やかだったのですね。

ルキア様も皆もとても和やかだったものですから、何をしていらっしゃるのかと思ったものです。

しかし、白哉様は甘いものをあまりお召しになられないことを既にご存知なはず。

栗羊羹をお作りになるなど、なにか事情がお有りなのでしょうか。

 

「では早速、白哉様がお帰りになられましたらお出し致しましょうか。

ルキア様のお造りになられたものでしたら、きっと白哉様も」

 

「いえ、違うんです。」

「違う・・・とは?」

「その羊羹は、兄様にではなくて・・・その・・・・」

「まさか、私に、で御座いますか?」

「・・・はい。」

 

何故、私になど・・・・

 

「現世では、この時期に・・・その、目上の方に感謝をする日があるそうで。

ですので、いつもお世話になっていて・・・感謝してばかりで、何もお返し出来ていないものですから、何か出来ないかなと思って・・・。

本当は清家殿のお誕生日を知っていたら良かったのですが、申し訳ありません、生憎存じ上げなくて。」

「それで、今日は厨で・・・・」

「はい。もっとも私は・・・本当のところは足手まといにしかならなくて、迷惑ばかり掛けていたのですが。

その栗羊羹も、栗の皮むきは下手だし、いびつだし・・・子どものままごとで作るものよりも酷いものですが、

でも味は端っこを皆で味見したので、大丈夫だと思います。」

「・・・・」

「あ、夕食には栗ご飯が出るのですが、それは殆どが皆様に作っていただいたものですから、とっても美味しそうに出来上がるはずです!!

・・・少しだけ、私のいびつな栗が入っているかもしれませんが。」

 

 

私への、贈物・・・・

以前も、頂いたことがございました・・・・

 

−清家、お前の絵を描いたぞ!!上手に描けただろう??

 

そう、あれはまだずっと幼い白哉様が習字の際に描かれたもの。

顔に墨をべったりと付けられたまま、早く私に見せたいと仰られんばかりでございまいた。

確かあの日は私の誕生日で御座いましたね。

 

−・・・清家?

−とってもお上手で御座いますよ?白哉様。

−どうしたのだ清家、お前ならもっと笑ってくれると思ったのに。何故泣く?

 

あの時、私は不覚にも目を潤ませてしまったものです。

まだ『嬉しいときにも涙が出る』とご存知ではなかった白哉様が心配そうに私を覗き込むものですから、

軽く目を拭って、私のことなど気にされぬようにと・・・稽古に戻られるように促したものです。

 

−さ、白哉様。まだ稽古は途中で御座いましょう?お戻り下さいませ。

−じゃあ、此れは清家、お前にやる!!誕生日の祝いだ。

−有り難く頂戴いたしましょう。

 

あの似顔絵は、今も私の手文庫の中に大切にしまっております。

 

−清家、いつも感謝しているぞ。これからもずっと元気で長生きするのだぞ!!

−はい。爺はずっと長生きして、白哉様のお傍におりますよ。

 

部屋に戻られる際に此方を振り返りながら、よく通るお声で私にそう仰いました。

あの頃の白哉様はとても活発なお子様でしてね。

障子が閉まった後、私の手の中に残された・・・眼鏡の有無以外は銀嶺様の似顔絵と殆ど変わらぬ私の似顔絵を見つめながら、

込み上げるものを必死に押さえたものでございます。

 

あれから月日は流れているものの、たかが百年程度・・・

年を取ると涙もろくなるとは言いますが、私も、たった百年程度ですのに、

更に涙もろくなったのでしょうか。

 

 

「あ、あの・・・清家殿?どうされました?」

「いえ、ふと昔のことを思い出しましてね。」

「昔のこと、ですか?何かお辛いことがあったのでしょうか・・・・」

 

心配されるには及びませぬ。

どうか涙もろくなった年寄りのことなど、御気になさりませぬよう・・・・

 

「ルキア様、手を怪我されたと連絡が御座いましたが、手当てはされたのでしょうか。」

「あ、はい。鬼道で治せる程度の些細なものでしたから。」

「左様ですか。他に怪我は御座いませんか?」

「大丈夫です。ご心配をお掛けしてすみません。

でも勤務ではもっと色々と怪我をしてきますから・・・単にそそっかしいだけなのですが。」

 

今、私の目の前にいらっしゃるルキア様は、先程私を呼びとめたときのご様子とは明らかに違っていて、少しですが打ち解けてくださっていて・・・。

よそよそしさをルキア様に強いていたのは、私のほうだったのでしょうね。

ルキア様はちゃんと、私のことをお考えになられていたのに。

私がルキア様に越え難い壁を作っていたのですね・・・そして壁をどうにかされようとしていらっしゃる。

・・・不安、だったでしょうな。

 

−清家、似顔絵が嫌だったら捨てていいぞ。また上手に描いてやるからな。

−何を仰いますか白哉様。爺にはその様なことが出来るはず御座いませぬ。

 白哉様に爺の似顔絵を描いて頂き、爺は大変嬉しゅう御座いますよ。

 

「あの、もしも御口に合わないようでしたら・・・そのまま捨てて頂いても構いませんので・・・・」

「何を仰りますかルキア様。その様なことが私に出来るわけが御座いませぬ。

私などのために斯様な贈物を・・・・」

「せ、清家殿・・・・」

 

 

 

・・・爺は、大変嬉しゅう御座いますぞ、ルキア様。

 

 

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