『迦陵頻迦の夢』


 

―迦陵頻伽。
現世の古い書物に出てくるという伝説の鳥。
上半身は見目好い女人、下半身は神鳥の姿、生まれ出ずる前より妙なる声で鳴くという。

 
迦陵頻伽の夢を見た。
流魂街の外れに広がる荒野の中にあって、其れは美しい声でさえずっておった。
私に気づいて振り返ったその姿は、金色の翼を生やした、今は亡き我が妻の姿に瓜二つ・・・。
気づけば私は両の手で包み込める程の大きさである其れを捕らえ、我が邸に連れ帰っていた。
 
−妻を亡くした翌年、私は一人の娘を有無を言わせず義妹として迎え入れた。
 事情すら知らせずに引き取ったその娘は、妻に瓜二つの姿だった。

 
迦陵頻伽の夢を見た。
お前が住まうという極楽を見立て、お前を囲う鳥篭の中を花や金色の財宝で彩った。
だのにお前は鳥篭の端に置かれた鉢植えの白い牡丹花の株下に蹲り、哀しい顔を見せるだけ。
あの妙なる声を何故私に聞かせぬのだ。お前を閉じ込めた私が憎いか。
 
―私に引き取られた娘は、私の前で笑う事は決して無かった。
 発する声も強張り、俯きがちな表情には諦観の相を浮かべていた。

 
迦陵頻伽の夢を見た。
お前は私の極楽から逃れ、穢れを纏って俗世へ消えた。
再び私が目にしたお前は、俗世の垢に薄汚れながら尚も見目好いまま。
お前が我が極楽から逃げ出しなどせねば、咎など背負うことも無かったろうに。
 
―私に報告も無いまま、あの娘は現世へと向かい、そのまま行方知れずとなった。
 更には重罪を負い、私の手により捕らえられた後は、ただ死を待つ身と成り果てた。

 
それから、迦陵頻伽の夢を見なくなった。
 
―あの娘に刑の執行予定を告げた後、私は一度も面会に向かう事は無かった。

 
久々に、迦陵頻伽の夢を見た。
荒れ野で獣に睨まれ、ただ打ち震えていたところであった。
狙いを定めた毒蛇の牙が飛んだとき、私は咄嗟に手を伸ばしていた。
ただ、あの金色の翼を護るがために。
 
―私が事の真相を知ったとき、あの娘が正に刃を向けられるところであった。
 咄嗟に私の体はあの娘を庇い、崩れ落ちていた。

 
迦陵頻伽の夢を見た。
屋敷に運ばれた私の枕元で、お前が不安げに私を覗き込んでいた。
そのような哀しげな顔をするな。私はただお前を護りたかっただけだ。
お前が気に入っていた白牡丹もそのままにしておる、其処で羽でも伸ばしてくるが良い。
 
―床に伏していた私の傍に、あの娘は幾度と無くやってきてくれた。
 ただそれだけのことが、私の回復に最も資しているなどと知りもするまい。

 
迦陵頻伽の夢を見た。
もうお前のための極楽は設えぬ、お前の自由に、お前の好きにするが良い、と告げた。
その夜、久しぶりにお前の歌う妙なる声を聞いた。
庭で咲いていた白い牡丹の上にふわりと座り、楽しそうに、嬉しそうにお前は歌うのだ。
 
―あの娘の望むように歩ませようと決めた。
 其れを伝えても尚、あの娘は私の姓を名乗り、私の傍に居り、漸く笑顔を見せるようになった。

 
迦陵頻伽の夢を見た。
お前が出て行かぬのならば、お前に名を付けたいが・・・と問いかけてみる。
歌を奏でた妙なる声が止み、白牡丹上の後姿が、此方を振り返る。
 
「そうか・・・お前が・・・・」
 
此方を見上げたその顔は、亡き妻によく似たもの・・・ではなく。
私が護ると決めた、あの娘そのものだった。
そう、この迦陵頻伽は最初から・・・・
 


「・・・お前だったのだな、ルキア。」

 

 

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