『秋の夜長に』

 

 


「眠れぬのか。」
「・・・月がとても明るくて・・・。」

本当は、そのような理由で眠れないのではなかった。

ただ、興奮して。
そして、不安で。
どうしたらいいか分からなくて。

「しばし、此処で待て。」
「兄様・・・?」

どうにもならなくて、寝床からそっと這い出し、庭に出たのはほんの少し前。
月の光が庭の景色を青白く浮かび上がらせる。
冴え冴えとしていて、ぬくもりも何も感じない景色。
けれどもその色が私を冷静にさせてくれるのではないか、という淡い期待もしてしまう。

そんな私の後姿を、縁側を通りすがった兄様は見てしまわれたのだろう。
こんな夜更けに庭を徘徊して何をしているのだろうと思われただろうか。
けれども私の姿をみて、別段呆れたという訳でもなく・・・ただ、待つように私に命じられた。
私を縁側から見下ろしていた目は、幾分か細められていた気がする。

庭を照らす月光と同じくらいに、普段は温もりなどを感じさせない方だと今でも思う。
其れは表面上のことであって、実際にはそうではないということも、勿論知っている。
だが、先ほどの表情には、どこか違うものが少しだけ混ざっていた・・・ようにも感じられた。


「ルキア、此れを。」
「兄様、これは・・・・」

兄様が手ずからお持ちになったのは、いつも兄様がお使いになっている湯呑。
うっすらと湯気が立っていた。

「加蜜列(かみつれ)、という草を煎じたものだ。薬湯というほどではないらしい。茶の一種、だろうか。」
「かみつ・・・れ、ですか?」
「現世では安眠に薬効が有るとして用いているものらしい。」
「それを何故兄様が・・・。」
「卯ノ花隊長に渡されたのだ。」
「卯ノ花隊長に?」
「お前がもしかしたら今日は眠れぬやもしれぬから、此れを、と。
要らぬことをするなとは思ったが・・・予想は当たってしまったな。」
「そうでしたか・・・・」
「常々お前のことを気に掛けていた卯ノ花隊長のことだ。
お前を害するようなものを私に預けたとは考えにくいが故、このように持ってきてみたのだが。
もっとも、清家や他の者が此れを見れば一言二言物申すだろうがな。」
「ではどうやってこの茶を煎じたのですか?お湯の支度は常ならば清家殿らが行うはずでは・・・。」

此れを煎じるためのお湯を持ってこられる際に、清家殿が加蜜列を目にされてもおかしくないのに。
それに夜中に急にお湯を準備するのも結構大変なはず。
けれども、屋敷は静かで・・・清家殿や他の者が歩くような音は一切聞こえない。

「先日から清家が用意し始めた火鉢に、茶を淹れるための鉄瓶を掛けておくようになった。」
「ああ、そういえば先日から私の部屋にも清家殿が用意されていらっしゃいました。」
「まだ火鉢は要らぬと言ったものの・・・まさか役に立つとは。」

しかし、その加蜜列茶の入っているのは、兄様の湯呑。
兄様が部屋に有った自分の湯呑に、鉄瓶で沸かした湯を注いで淹れたものなのだ。
当たり前だといえば、当たり前なのだが。

「ですが此れは兄様の湯呑ではございませんか。申し訳ございません。
今私のものに入れ替えてきますので、」
「構わぬ。」
「ですが・・・・」
「丁度飲みやすい温度になっておるのに、別の湯飲みに移し変えれば無駄に冷めてしまうだろう。
偶々傍にあった私の湯呑に淹れただけだ。特に他意はない。
それともルキア、もしや私の湯飲みを用いるのは嫌であったか。」
「いえ、そのようなことは」

兄様から湯飲みを受け取って、両の手でそっと包む。
いつも使っている私の湯飲みとは違って、大きくて・・・温かかった。
縁側に腰をかけるように促され、私がそっと腰をかけると、兄様はその横に腰を下ろされた。

「お前は寒くは無いのか?月のよく出ている夜は冷えるものだが。」
「ええ、寒くはありません。まだまだ私も火鉢は要らないくらいですから。」
「ならば良い。」

(後編に進む)

 

 

 

 

 

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