『秋の夜長に』
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湯飲みに顔を近づけると、ふと、甘い林檎の香りがした。
「林檎の香り・・・・」
「それはそういうものらしい。だが実際には小菊のようなものだそうだ。」
「現世にも色々なものがあるのですね。」
「薬草に長けているだけあって、現世の植物についても知識があるのだろうな。」
そっと、湯飲みに口をつける。
ふっ、と・・・林檎の香りが鼻の中を抜けていって心地よいが・・・。
「味は・・・そんなにしないのですね。お茶のように渋みとかも無いです。」
「若干苦味を感じる種類もあるらしいが、此れは苦味の無いものらしい。
私も此処に運ぶ前に念のため毒見として其れを口にしてみたが、匂いだけで味はしなかった。」
「そうなんですか・・・って、兄様・・・?」
「何だ。」
「・・・いえ・・・何でもございません。」
「・・・おかしな娘だ。」
気分を落ち着けて安眠させる効果がある薬草だと聞いたが、何を興奮しておる、
と・・・兄様は目を細められた。
−きっと兄様は分かっていらっしゃらない、決して御自分のされたことを理解はされまい。
−わざとやったのだとお前には気づかせまい、決して己の意図など悟らせまい。
温かな加蜜列茶と、甘い香りに・・・
今まであれだけ神経をざわつかされていたというのに、すっかり落ち着いてしまった。
空っぽになった湯飲みを私の手からそっと取り上げると、兄様は空になった私の手を取られた。
「いよいよ、明日だな。」
「・・・はい。」
「この小さな手で・・・お前はどんなときも己の道を切り開いてきたのだな。
困難を切り抜ける力が、この手には、お前には備わっているのだな。」
「・・・・」
私の小さな手は、大きな兄様の両の手にすっぽりと包まれた。
あの双殛の丘で取られたときのように、温かい。
「何も、気負うことは無い。お前が内に抱くのは誇りだけで良い。」
「はい。」
「今日は出来る限りゆっくり休むがいい。」
「加蜜列のお茶のお陰で、眠れそうです。」
「望みがあらば、お前が寝付くまで子守歌の一つや二つ歌って進ぜようかと思ったが。」
「私はそのような子どもではございませぬ。」
「そのように口答えをする段階で、まだまだ子どもなのだ。」
「兄様!!」
「・・・また興奮しては眠れぬだろうに。」
からかいを含んだ兄様の柔らかな声色は、加蜜列の茶の香りのようだった。
翌日は、雲ひとつ無い・・・深く澄み渡った青空が広がっていた。
いつもどおりに朝餉を済ませ、いつもどおりに朽木邸を出て隊舎に向かう。
昨日は、あれからしっかりと眠ることができた。
・・・嗚呼、本当に良かった。
今日はきりりと気を抜かずに引き締まった私でいられる。
大丈夫、今までだって頑張ってきたではないか。
どんな逆境だって乗り越えてきた、これからだって・・・・
「此度の十三番隊副隊長就任の件、朽木ルキア、謹んで拝命致します。」
・・・こういう理由で眠れなかったわけです。ルキアさん。
そして、拙宅的にはなんだかんだで甘めな設定ですが、Rな方面には入ってないです。
(あの後何があったか想像されて自主的R指定をされるのは勿論ご自由に♪)
ちなみに、カモミールの花言葉は『困難(逆境)を切り抜ける力』。
他にもリラックス系な花言葉がありました。
・・・でも、この花言葉、今の私自身に必要ですよね・・・。
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