『彩は違えど一つの、』

 

 

 

朽木の邸に、春の彩りが漸く戻ってきた。

萎れたシャガは片付けられ、飛び散った墨も綺麗に拭かれていたものの、
主を失っていた部屋はとても寒々しいものであった。

 

ルキアの部屋を訪れると、旅の疲れからか、さては春の陽のぬくもりのためか・・・
庭に面した縁側に寝そべったまま眠っているようだった。

 

眠るルキアの手の中に、現世で買い求めた花の束がそのまま抱えられていた。

活けるつもりではあったのだろう、近くには何も入っていない花瓶が置かれていた。

 

 

あの後、ルキアは浦原商店に荷物を返さねば、と言っていた。

土産も置きに行かねば、と。

 

・・・頃合を見計らったかのようにルキアの伝令神機に連絡が入り、荷物は後日落ち着いてから返してくれれば良い、と言われたらしい。

土産も日持ちはするらしいので、一度瀞霊廷に戻って身体を休めてから向かうことにしたようだ。

此れも全てあの化け猫の手筈であろうか・・・面白くは無いが。

 

その後、此方に戻る前に、少し現世の街を歩いてみるか、という話になった。

特に何か目的があったわけでもない。

ただ散策するかのように、ふらりと彷徨う程度のものである。

だが、周囲を見回して目を輝かせるこの娘を見るのは久しぶりで、その無邪気さに目を瞠ったものだった。

そうだ、この娘にはそういった一面もあったのだ・・・垣間見るのは久方ぶりだろうか。

 

 

散策の途中、ルキアが花屋で足をふと止めた。

目の前には、色とりどりの香雪蘭。

花束にはなっておらず、好みの花を自分で選んで買う形式のようだ。

 

「兄様、とても良い香りですし、花色もたくさんあってきれいです。」

「・・・欲しいのか。」

「えっと・・・その・・・・」

 

はっきりとは言わないが、俯きながら恥ずかしそうに口ごもる姿に、成程、欲しいが言い出せないのだなと理解できる。

この娘が欲しいと思っているものであれば、贈り物が云々とは言われまい。

花を欲しがるというのも、この娘らしく慎ましい気もする。

 

「お前が好むのであれば、持ち帰っても構わぬ。選ぶがよい。」

「本当ですか?」

 

心底嬉しそうな顔を私に見せた後、真剣に選び始めた。

ただ、この娘は香雪蘭ばかりを選ぶ・・・他の花も選べばよいと思うのだが。

どうせなら他の花も混ぜて買い求めたらどうか、という私の提案に、ルキアは首を横に振った。

 

「一種類の花でも、こんなに花色があって綺麗なのですから、この花だけでも十分に素敵です。」

 

そう言って、大層綺麗に笑ったものだから、私もそれ以上は何も言えず。

この際だからこの娘の望むものを選ばせようと考え、真剣に選ぶ後姿を見守ったのだ。

 

 

 

そのような無邪気な娘が目の前ですやと眠る姿はまだあどけなさの残るもので。

だが一旦『朽木の者』として振舞うときは、何ものにも染まらず、誇らしくも己の意思を貫く様がにじみ出ていた。

他方で、時に悩み、時に哀しみ、時に痛みを慮り・・・他者に寄り添う優しさも見せる。

そして一人の死神として、一人の生ける存在としての娘は、更なる高みを求めて己の道行きを定め歩む強さを持っておる。

 

この娘が抱える束、花色は違えど花の香も種も同じ。

この娘も同じだ。

私に見せる様々な面は、全てこの一人の娘が持っているものなのだ。

 

“一種類の花でも、こんなに花色があって綺麗なのですから、この花だけでも十分に素敵です。”

 

そうだな。

花の種類は一つきりだが、沢山の花色と香が溢れるその束は十分に華やいでおる。

お前という存在は一人きりだが、有りの侭のお前は様々な一面を私に見せて一喜一憂させてくれる。

 

一色の束は寂しいが、余計なものを加え過ぎるのも無粋だろう。

其れと同じで、お前の見せる表情の一部のみを愛でるのも味気なかろう。

余計なものでお前を飾り立て、無理に作り上げた虚像を愛でるのも、愚かしい。

 

 

「・・・あ・・・兄様・・・・」

「余程歩き回って疲れておったのだろうが、花瓶に活けてから眠るがよい。

折角選んだ花が傷んでは困るであろう。」

 

私に促され、ゆっくりと起き上がり、花束を大事そうに抱えて目を細める、目の前の娘。

・・・その横顔は今迄見た記憶が無い。

 

優美であり、幼さを残しながらもどこか大人びたかのような・・・・

己の胸の内で、早鐘が鳴らされたかのような錯覚を覚える。


新たに知ったこの娘の一面を、私は己の記憶にしっかりと焼き付けた。

 

 

 

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