『遠くへ至りて見ゆるもの』(前編)

 

 

「こんなにも速いなんて・・・・」

新幹線というものはとても速い。景色がどんどん後ろへと遠ざかってゆく。

以前、草鹿副隊長が更木隊長と共にそれらしきものに乗ったことがあると仰っていたが、想像以上に速くて驚いた。

兄様の瞬歩よりも速いに違いない・・・と思う。

何より、時折きーんという耳鳴りを感じることがあり、どうしたものかと思った。

 

「・・・えーと、テッサイ殿のしおりだと・・・ここは武運長久の神様か・・・。」

 

テッサイ殿が用意してくれた『旅のしおり』には、行く先々の様々な注目すべき場所や美味しい甘味、
愛らしい雑貨などの情報がたくさん盛り込まれていた。

私は其の中の1つ、武運長久を司る神様がいるという神社へ向かった。

確かに現世と尸魂界でのモノの考え方は異なるが、郷に入らば郷に従え、とも言う。

現世の習いに従い、参拝してみる。

 

朱塗りの社殿はとても鮮やかで、荘厳な雰囲気も感じる。

私は皆が恙無くいられるように、そして武運長久を祈っていた。

 

・・・一瞬だけ、あの後姿が脳裏に過ぎった。

祈りなど要らぬと、背中でそう語るかのような姿。

 

―私は、貴方のために祈っているわけではない・・・そう、貴方のためになんて・・・・

 

近くの茶屋で休憩しながら、『旅のしおり』を眺める。

「ねえさまは、どちらへ行かれたいですか?」

返事は無いと分かっていても、鞄の中の小さなハンカチに包んでいた姉様の写真を取り出し、話しかけてみる。

写真の姉様は、にっこりと微笑まれたまま。

まるで、私と一緒なら何処でもいいと仰っている様に感じられた。

・・・私の涙のせいで、姉様まで泣いて見えてしまった時とは大違いだ。

 

「せっかくいい天気ですし、もっといっぱい回りましょうね。

姉様の来世・・・生まれ変わられているならば、姉様の今の生が幸せでありますようにとお願いできる場所もいいですね。

見晴らしのよい、素敵な景色の場所もここに書かれているから、其処にも立ち寄りましょうね。

新幹線で足を伸ばせば、ハイカラなたたずまいの街もあるそうですよ。楽しみですね!!」

 

現世の色々な街を、周る旅。

姉様と一緒。

・・・けれども、何処か寂しい・・・何故だろうか・・・・

 

 

「・・・お帰りなさいませ、白哉様・・・・」

「・・・・」

「白哉様、ルキア様は一体・・・?」

「あの者には構わずともよい。いずれ戻るであろう。何も聞いてやるな。」

「御意。

・・・そうでございました、白哉様、緋真様の御遺影が」

「それもあの者が持ち出したようだ。それもいずれ戻ってこよう。

其の件についても何も問うてやるな。」

「ルキア様が?」

「何を考えておるのかは分からぬ。が、なるようになるであろう。」

「本当に、現世に密偵を遣わさなくても宜しいのでしょうか?」

「構わぬ。よりによって化け猫が絡んでおる。」

「・・・夜一様、でございますか?」

「忌々しいことこの上ないが、あの者の手筈で動いているのであれば・・・。」

 

一人、自室に篭る。

 

ルキアの、『最後に立ち寄りたい場所』・・・・

恐らく其れは、ルキアにとって大事なものがある場所であろう。

現世において、空座町以外に、あの娘にとり大事なものがある場所・・・・

 

「・・・私はあの娘のことを、何も分かっておらぬのだな。」

 

ルキアの大事なものがある場所。

現世で生きていた頃の記憶がない(赤子だったのだから当然であろうが)あの娘が、現世で大事なものを得るとすれば、
それは短期の任務で派遣されてからのことであろう。

つまり、少なくとも護廷十三隊に配属されてからのことだ。

それは、私に引き取られ、私と暮らし始めてからのこと、ということでもある。

 

共に暮らし始めてから数十年も経つが、私は、今なお知らぬことのほうが多い。

お前の様々な一面を知る喜びを得ている故、知った事は多いとは思うものの、なお知らぬことの多さに唖然とする。

 

“お主が本気になれば・・・最後にあの娘が行く予定の場所くらい、予想がつくかもしれんの。”

 

あの化け猫、苛立たしい事この上ないが、出鱈目を言った事は無い。

私が予想できる場所というのであれば、私にも関わりのある場所だというのか。

私とルキアの、関わりのある場所・・・空座町以外で。

 

双眸を閉じ、思案に耽る。

 

あの娘にとって、大事な場所。

私にも関わりのある場所。

 

あの娘が何か物を求めて現世に向かったという記憶はない。

元々、私が何かを与えても・・・そうだ、あの娘は困惑の色を混ぜていたな、笑顔の中に。

何かを与えて喜ぶ顔を見たいと思っていたが、嗚呼、そうか・・・お前をただ困惑させただけだったのだな。

私が抱いている『喜ぶお前』への期待を察しながらも、素直に喜ぶことが出来ぬお前。

確かに、物を与えるだけで喜ぶのは幼子か、または・・・・

 

お前がその様なものを望んでいないこと、何度も気づかされる事はあったのだが。

私はつい、容易な手段に逃げてしまっていたな。

お前の心底からくる笑顔を見たのは・・・意外と他愛も無い物事の中で、だったやもしれぬ。

(そう、それは共に裏山の柘榴を分け合ったとき、のような。)

そのような単純かつ平凡な景色の中のお前は、私の前で笑っていた。

 

私とお前の、他愛なくも・・・大事なもののある・・・場所・・・・

 

・・・!!

 

そうか、お前は其処へ行こうというのだな。

全くもって、無鉄砲で困った娘だ。

そんなお前の心情にも気づいてやれなかった私も、情けないものだな。

 

 

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