『時化の心を凪ぐために』(後編)

 

 

「意外と遅かったのぅ、白哉坊。」

「・・・あの者は何処だ。」

「あの者?」

「白を切っても無駄だ。私が此処に来ることが分かっているかのような口ぶりである段階で、
貴様はこの件に絡んでいることを自白したようなものだ。」

「なら勝手に探せばよい・・・お主の探すものは此処にはなかろうよ。」

 

霊圧を探るも、無い。

確かに穿界門を通過した記録を確認している。

それでも、あの者が現世で頼るのは此処くらいしかなかろう、と考えていた。

・・・甘かったのか、己の考えが。

 

微かな霊圧の欠片さえも残さぬとは。

余程あの者に避けられているようだ。

ニヤリと悪い笑みを浮かべる化け猫め、嗚呼忌々しい。

 

「探し物は見つかったかの?いや、見つかるわけが無かろうな。」

「・・・貴様!!」

 

思わず、怒りを滲ませた声が喉を震わせる。

だが、次の瞬間、

 

「ワシに対して怒りを隠さぬほどに大事ならば、何故に朽木の機微に気づいてやらんのじゃ!!

貴様は何度間違えれば気が済むのじゃ!!」

 

何時も余裕を浮かべ人を見下すような表情を見せる化け猫が。

この私を一喝するなど・・・有り得ぬことが起きた。

一瞬、瞠目する。

 

「アレが貴様に一体何を言ったかは知らぬが、」

「朽木は何も言わなかったぞ・・・只、泣いておったわ。

あの娘は・・・姉の遺影、それを抱えて何か言いながら泣いておった。

じゃが、ワシの前では・・・何も言わなかった。」

「遺影・・・だと?」

「ああ、あの娘そっくりな顔かたちじゃったし、あの娘が『姉上』と言っていた。

小さな写真盾に入っておった。」

 

・・・まさか、緋真の遺影を持ってきたのか?

まったく気づかなかった・・・祭壇からだろうか。

 

「それにすら気づいておらぬとは。

あの娘は遺影の姉上について、声を聞くことも姿を見ることも無かった、と言っていた。

そんな写真でしか見たことの無い、言葉を交わしたことも無い姉の遺影を懐に忍ばせて持ってくるなんて、尋常じゃなかろうに。

生きて共にある義兄に頼れず、写真の姉にしか胸の内を伝えられない、とは。」

「・・・・」

「そんなことが仮に無かったとしても、ワシも・・・一週間の休みを朽木に許した浮竹も、朽木のおかしな様子には気付けた。

だからこそ浮竹は敢えて理由を聞かず、休みを出したのじゃがの。

ワシも朽木が今何について悩んでおるのか、察することが出来るほどじゃった。

これでも似たり寄ったりの道を歩んできたからの。

じゃがの・・・直接は何もきいておらんよ、ワシも、浮竹も。」

「・・・・」

「職務で付き合いの長い上司である浮竹ならともかくとして、頻繁には顔を合わせないワシだって朽木のことを気づけたのに、
一番傍に居るお主が分からぬとは、情けないものよ。」

「貴様如きに何が」

 

「じゃあ聞くが、白哉坊、お主は・・・あの娘の、一体何じゃ?

お主にとって、あの娘は、一体何じゃ?」

「何故に愚問を問いかける。」

「ワシが問いかける愚問に対し、お主が更に愚答することが見え見えだからじゃ。」

 

皮肉を含んだ笑みを浮かべながらも、己に向けられた奴の双眸は鋭い。

 

「お主は、あの娘の何を見ておるのじゃ?あの娘の機微にも気づかずに。

いや、問いを変えようかの・・・あの娘がお主の前でどんな姿を『演じる』のが好みじゃ?」

「酷く下世話な言い回しだな。」

「そうかの?正鵠を得ていると思うが。

・・・ワシに話を打ち明けずとも、ワシの前では素直に泣くことが出来た娘が、お主の前では泣かない、というか泣けない。
奇妙な話じゃないかの?

お主の前で泣けない、不満を漏らすことも出来ない、と。

じゃあどんな姿であればお主の前でも差し障りなく居られるのか・・・有無を言わさず静かに付き従うか、
本心はともかく笑ってお主の言動に迎合するか、くらいかの。

自分のことを押し殺して、お主に機微を悟られぬように笑顔の面でも被って、の。

お主があの娘に求めている事は、そういうことじゃったか?常に己に従い迎合せよ、と。」

「・・・・」

「それじゃあの娘がまるでお主に捨てられないように振舞う、・・・いや、これ以上は言うまいよ。別にお主を激昂させるのが目的ではない。

じゃがの・・・そんなものを、お前は妹に望んだのか?

百歩譲って、お主があの娘のことが心配で心配でしかたなくてという異常なまでの心配性でアレヤコレヤと口出しをしたりモノを与えてみたり
ちょっかいを出したのだ、としても、あの娘は・・・一人の誇り高き死神じゃ。

近しい存在を失い続けてきたせいで神経質になっておるのやもしれんが、あの娘も何度も死線を潜り抜けてきておる。

それを認めずにいつまでも幼い子どものような扱いでは、反抗して当然じゃ。」

 

言い返したくとも、口からは何も言葉を発せなかった。

昔からこの化け猫にだけは敵わない・・・認めたくはないが。

恐らくは自分の内でも、納得してしまうところが多いからなのであろう。

 

「さて、ワシは言いたい事は全部ぶちまけた。言葉では語らぬあの娘の代弁ができたとは到底思えぬがの。

お主みたいな極端なのを兄に持って、よう頑張っておるわ。」

「・・・・」

「で、あの娘じゃが・・・ワシの案で、ちいと旅に出しておるわ。気分転換にの。

行き先も決まっておるがの、どうする?追いかけるかの?

・・・ほぅれ、ここに旅行日程もある。

勿論、ちゃんと宿泊先は全て予約もしておるし、現世に不案内なあの娘一人でも安全に動けるようになっとる。
その辺りは過保護ではなく、当たり前の配慮じゃ。」

「この期に及んで、あの者を追いかけて何になるというのか。

あの者の好きにすればよかろう。」

「・・・連れ戻すと言わないだけ、まだマシになったかの。

腹の底ではともかくとして。」

 

見透かしたように、化け猫はニヤリと笑う。

 

「ま、お主が本気になれば・・・最後にあの娘が行く予定の場所くらい、予想がつくかもしれんの。

コレが、ワシがお主にやれる最強のヒントじゃ。

・・・自分から、『立ち寄りたい場所がある』とあの娘が言った場所じゃ。あの娘にとって、それなりに意味のある場所のはずじゃがの。」

 

此れをお主にもやろうかの、と言いながら、化け猫が何かを投げつけてきた。

 

「守り代わりじゃ」

「なぎか・・・私は守りになど頼らぬ。」

「あの娘にも、其れを渡しておる。

もっとも、旅の道中安全のみについて触れただけじゃがの。

お主なら、その葉の他の意味合いを分かると思うが?」

「・・・下らぬ。」

「ま、そう言うだろうことは予想通りじゃ。

今回のことについては、そんな葉に願掛けするまでもなく、お主の態度次第で如何にでも転ぶもんじゃからな。」

 

−・・・困ったものじゃ、あの兄妹は。

 

 

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