『遠くへ至りて見ゆるもの』(前編)

 

 

翌日は新幹線で足を伸ばし、ハイカラな街へと向かった。

洋菓子が特にお勧めというテッサイ殿の旅のしおり通りに、洋菓子のお店が多い。

勿論、和風な趣を残す場所もあれば、洋風とも違う異国の情緒を残す場所もある。

様々なものが入り混じり、独特な雰囲気を持った場所だと思った。

 

洋風の建物は瀞霊廷ではあまり見る機会が無く、また空座町でも見る事はない。

坂を登っていくと、全て翡翠色の洋館や、鱗のような外壁の洋館、様々な洋館が山の斜面に張り付くように立ち並んでいる。

登って来た石畳の坂道をふと振り返ると、結構な高低差があることがわかる。

坂を登りきった先にある見晴らしのよい場所に立ち寄る。

歴史を感じる街の向こうには、現代的な市街地が広がっていて、そして直ぐに海が迫っている。

遠くからもその水面のきらめきが分かるくらいに、陽の光が燦々と降り注ぐ。

 

「現世には、こんな趣のある街もあるのですね・・・。」

 

テッサイ殿が持たせてくれた旅のしおりには、この街でかつて起きた悲しい出来事についてもいくつか少し触れられていた。

そんなどん底から何度も這い上がってきたなんて、信じられなかった。

何度でも、何度でも・・・・

 

最初に立ち寄った街だってそうだ。

山本総隊長殿の生きた歴史には及ばぬかもしれないけれど、長く重い歴史を積み重ねてきた街だという。

様々な戦乱を潜り抜け、今の時代においてもその姿を留めている姿。

けれども、其れを守り、また傷つけば甦らせるという意思と行動があってこその姿。

 

「繰り返し繰り返し・・・壊れても、何度でも何度でも・・・取り戻して・・・・」

 

私も、そうやって築いていけるだろうか。

あの人と。

ただ、そのためには、自分から動かねばならないのだろうな・・・・

あの古い社と、この甦った街。

どちらも、其処に住まい、大事に思う存在があってこそ、こうして今があるのだろう。

 

姉様も、自分の意志で私を探してくれた。

隠し通して、私の存在を忘れてしまっても別段おかしくないし、誰もあの状況下では責められないと思う。

けれど、己の意思で・・・時には兄様の心配や制止を振り切ってでも私を探したという。

 

「私も・・・動かねば、何も始まらぬか・・・・」

 

今回の家出騒動がそのきっかけになるかどうかんて分からないけれど。

でも、再びあの家に戻って何事も無く元通り、などというのは嫌だ。

それでは兄様の箱庭に再びすえつけられるのと同じ。私の意思や行動は意味を為さない。

其れが嫌で、勘当覚悟で飛び出したのだ。

 

「まずは、ちゃんと兄様に己の意思を言うことから、でしょうか・・・姉様。」

 

 

気付いてやれなかった。

いや、気付こうとしなかったのかもしれぬ。

他愛の無い言葉から、ふと見せる行動から滲む、あの娘の思いに。

私は、あの娘の何を見て、何を聞いていたのか。

 

何故、ルキアがあの場所へ行こうと思ったのか・・・・

其の場所を思い出せば、嗚呼成程、と腑に落ちる。

あの場所は、私と共に在っても・・・お前らしく居られたのだな。

お前も望んで、私と居てくれたのだな。

 

あの時の私は、心から満たされていた。

それは偽りではない。

 

ルキア・・・其の場所でお前の思いを聞こうか。

其処でなら、お前の話を正面から受け止められるような気がするのだ。

其処でなら、お前も私に胸の内を明かしてくれるやも知れぬ。

 

お前が其処で何を言おうと、私は構わぬ。

辛らつなものでもいい、朽木の家を出たいという願いでも構わぬ。

ただ、包み隠されたものではない、お前の心を聞きたいのだ。

 

 

 

翌朝・・・・

 

「姉様、今日で旅は最後です。

今日は姉様を、私の大事な場所にお連れ致します。

この季節だと何も無い場所かもしれませんが・・・お付き合い頂けますか?」

 

新幹線に乗り込み、元来た路を戻ってゆく。

この旅の最終目的地は、意外と近場なのだ。

でも、近いか遠いかが問題ではなかった・・・其の場所が重要なのだ。

 

途中、揺られながらうとうとと眠りについていた。

昨日の夜は、宿で眠れなかったのだ。

旅が終わり、浦原商店に戻って「きゃりーばっぐ」を返した後、どうするのか・・・。

・・・現実に引き戻されたのだ。

 

ここまできて、瀞霊廷に戻り、何食わぬ顔で朽木の門をくぐるわけには行くまい。

色々と話をしなくては始まらないと考えたものの、何かを語るまでも無く、既に兄様から勘当されている可能性だってあるのだ。
もともと勘当覚悟で飛び出してきたのだから。

そうなれば関係を築く、修復するどころの話ではない。

悶々と考えながらも出た答え・・・・

 

−とりあえず、十三番隊の隊舎にでも行くとしようか。

 

もしも朽木の家に迎えられることが無ければ、一般の隊員と同じく隊舎で暮らしていたことだろう。

勘当されたところで、今の死神としての立場からすれば、住む家を失って路頭に迷うという事は無いのだ。

家の柵もなくなるし、兄様と顔を合わせる機会があったとしても・・・頻繁なことではなかろうし、また現世に派遣してもらうという手もある。

浮竹隊長も、きっと迎えてくださるだろう。

とりあえず居場所だけならある、そう思いついた時には既に夜が明けていたのだ。

 

あの時は穿界門から直接現地に向かったが、今日は新幹線を降りて乗り換え、最寄の駅から歩いて向かった。

潮の香りがする。

そう、海に来たのだ・・・・あの夏、皆で来たあの海に。

 

元々は女性死神協会の慰安旅行として企画され、一部の男性死神も招待されたもの。

それから現世の仲間達も集まっていて・・・。

皆で楽しんだのだ・・・あの時、あの場には兄様も一緒だった。

・・・本当に来て下さるとは思わなかったのだけれども。

 

春先の海は凪いでこそいたものの、まだ肌寒く、風も冷たい。

砂に足を取られながら、きゃりーばっぐを持ち上げつつ波打ち際に向かっていった。

所々に、あの夏には見られなかった薄紫色の花が咲いているのが見える。

そんな風景を眺め歩を進めていた私は、足を止めた。

 

・・・いや、止めざるを得なかったのだ。

 

そこに、いる訳のない・・・後姿。

現世の衣を纏っていても、それとわかる凛とした背格好。

 

 

「・・・うそ・・・・」

「急に家を飛び出しおって・・・何処を彷徨っておったのやら。」

 

 

此方を振り返り・・・それ以上は何も言わず私を見つめる其の目は、穏やかだったが何処か泣きそうな色を帯びているようにも見えた。

其の顔を直視できず、俯いたとき・・・肩から掛けていた小さなバッグの中の小袋がちらりと見えた。

ナギの葉の入った小袋・・・夜一殿から頂いたお守りだ。

 

―私には、姉様と・・・夜一殿がついている。

 

大きく深呼吸を一つ。

私は、その人の立つ場所に向かい、再びゆっくりと其の足を踏み出した。

 

 

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