秋桜
 
 
 
 
 
 
こちらは、改定版の「秋桜」御題作品になります。
途中から原典版と異なってきます。
文の途中に原典版へのリンクが張ってありますので、どうぞ。
 
 
 
 
 
『秋の桜』
 
 
 
青に青を幾重にも重ねたような宙の高みを指し示すかのように、その花は咲いていた・・・
包み込み全てを受け止めてくれるかのように、その花は咲いていた・・・

 
流魂街の外れの野原に、その花の一面に咲く場所を見つけたのは、そう遠い昔でもない。
それは、どこか切なげで儚い、けれどもなぜか懐かしさと優しさを覚える花だ。
見つけてからというもの、秋になれば、私は誰かに呼ばれるように、何かに導かれるように、一人でその場所へ足を伸ばしていた。
けれど、遠くから見やるだけ。
その花の咲き誇る海に身を躍らせるように分け入ったことは、一度も無かった。
呼ばれてはみたものの、導かれてはみたものの、いざとなって自分が近づくことを拒まれてしまいそうな、そんな気がしていたのだ。
何より・・・怖かったのだ、世界にこれ以上拒まれることが。
 
どうして、私はその花をどこか懐かしく、優しいと思えるのだろう。
あの街にいたころには、その日を生きるのに必死で草花を愛でる余裕などなかった。
兄様に引き取られ、今の暮らしを始めてからは、野に咲く花などに価値を見出すようなことは許されないのだ、と思っていた。
花どころか雑草のような自分がそこにいる価値さえ、自分で見出すことが出来なかったくらいのだけれども。
 
・・・私の記憶には、その花の咲く景色は無い。
そもそも、記憶に色もそれほどないような気がする。
 
“なのに、なぜ・・・こんなにも惹かれるのだろう?焦がれるのだろう?”
 
 
急に私の中で、何かが・・・あふれるように、堰を切って。
分からない、けれども声にならない・・・ただ気持ちが高揚していた。
初めて、私は、何かを求め、何かに手を引かれ、導かれるかのように
身を躍らせて花の海へ分け入った。
・・・無我夢中というのは、きっとこういうことを言うのだろうか。
けれど、強く刺すような秋の風が、私を花の海から外に押し戻そうとする。
私は思わず、頬を叩かれたように風の強さに身をすくめ、その場にうずくまってしまった。
・・・まるで溺れてしまったかのように、飲み込まれたかのように、身を沈めて。
高ぶった心は、一瞬で底の見えない暗い穴に吸い込まれて落ちていくようだった。 

“拒まないで、とは言わない、けれど、もう誰にも拒まれないように、いっそ・・・
 ・・・浮かび上がることのないくらいに、どこまでも沈んでしまえば良いのに。”


 
どのくらい時が流れたのだろう。
気付けば、柔らかなものが、うずくまる私の頬をふわりと何度も撫でていた。
うつむいていた顔を上げると、そこには薄く柔らかな桜色の指。
春の花のような内なるきらめきは無いけれど。
夏の花のような燦々たる情熱は無いけれど。
私の傍に寄り添い、微笑んでくれるような、優しさは、あった。
 
“・・・私のことを、拒んでいたのではないのか・・・?”
 
伸びやかに描かれる緑の先を見上げていけば、儚き姿はそこにはなく。
高き蒼天を仰ぐように桜色の手のひらを差し伸べ。
羽のように柔らかな葉は強風をも受け止め、私を包み込んで守ってくれるかのようで。
暗闇に灯りをともすように、珠のようにつややかな蕾は宙に浮かんで。
その姿を支える株元には、微動だにもせぬ太くまっすぐな茎、
・・・まるで、揺るぐことの無い意志を持っているかのようで。
 
“・・・あれ・・・?・・・”
 
・・・この感じ・・・知っている。
この目で見た事もないけれど、私は、知っている。
記憶もないし、覚えてもいないけれど。
それでも私の心の底の底に刻まれた、その人の姿、声、ぬくもり・・・。

“・・・姉・・・様・・・”


私が姉の存在を知ったのは、つい先日、夏の終わりの頃だった。
あの街に赤子の私を置き去りにしたのだと、おっしゃっていたそうだ。
けれど、私を探し出し、守ろうとしてくれていたことを、知った。
自分が生きるために捨てた命なのに。
・・・そんな命のために、自分の命を削って。
自分は姉と呼ばれる資格など無い、とさえ・・・それでも「妹」を思い続けて。
 
姉様は、確かに、梅花のように儚く散ってしまった、のかもしれない。
姉様の最期を知る者はきっとそのように語るのだろう。
けれど、その瞬間まで・・・
この世界でたった一人、私が生きていると信じていてくれたのかもしれない。
死を前にしても、死にゆく自分のことではなく、私のことを・・・案じてくれた。
 
そう、あなたは・・・この世界でだれよりも、強く強く私を思っていてくれた!!
 

 
ふと、急に・・・
そんなことは有り得ない、と分かっていても、
自分が愚かだと分かっていても、
この広い広い秋桜の海のどこかに、姉様がいらっしゃるように思えて。
なぜだか、今でも私を探して続けているように感じられて。
だから、私は・・・
 
「・・・姉様!!・・・緋真姉様!!・・・
 私は・・・私はここにいます!!・・・姉様!!・・・」

 
必死に立ち上がろうとしながら、姉様の名を叫ぶ私の声は、
冷たく強い秋の風にかき消されてしまったけれど。
揺れる葉は、強い風から守るかのように私を包みこみ、
柔らかな花々は、私の涙を掬うかのように、私の頬に触れて。
それらを支える茎は、しなやかな腕のように私を抱きしめ、私をも支えて。
・・・確かに、私はこの花の海に、この世界に受け止められていた。
 
“・・・姉様・・・あなたになんと言われようとかまわない・・・
 ・・・一度でいいから、ねえさま、と呼んでみたかった・・・
 そう思えるのは、きっと、私があなたの、いもうと、だから・・・
 ねえさま、あなたのいもうとは、ここにいます・・・”
 
 (原典版はここから変わります。こちらからどうぞ。)
 
・・・やっと立ち上がってあたりを見回すと、緑の海の上に散りばめられた沢山の桜色の波が煌めいていた。
ずっと遠くから見ていた景色とは、およそ違っていた。
地平線の彼方まで埋め尽くしていた秋桜は、儚さを決して帯びてはいなかった。
そこにあったのは、ただ壮大な「調和」。
清廉さを帯びた白、信念を秘めた紅、
その相対する二つの世界を繋ぐかのような桜色。
一つ一つは優しく、けれども気高く。
全てを見渡せば、天と地を繋ぐような力を帯びていた。
 
・・・思えば、天と地ほどの差がある私と兄様を繋いでくれたのも、姉様だった。
もしも姉様の思いがこの世界に残っていて、私を見守っていてくれたのだとしたら、
どんな思いで私達を見ていたのだろうか。
・・・今ようやくここに至って、少しは、安心してくださるだろうか。

“姉様、
 私は、姉様と再びお会いすることは出来なかったけれど、
 姉様が私をどれだけ思ってくださっていたかは、分かっているつもりです。
 それは、聞かされたから・・・だけではなくて。
 きっと私の記憶の彼方に、あなたが私に残してくれた「優しさ」が刻まれているから。”
 
私は、目の前の桜色の秋桜を手に取った。
けれど、その手をすっと離してしまった。
・・・手折ってしまえば、あとは枯れるのみ。けれどもそれはこの花の真の姿ではない。
この花は、ここで咲いているからこそ。
ここで優しさと強さを抱いて咲く姿こそ、秋の桜の真の姿。
それを簡単に手折ることなど、私には出来ない。
何よりも、これから先も、ずっと季節を指折り数えながら、
ここで咲いていて欲しいと思ったからだった。



・・・ふと、最初に私が秋桜の海を眺めていた場所を見ると、そこには。
いつからいらっしゃったのだろうか。
私がそちらの方向に顔を向けたときには、既に後姿となってはいたものの、 
柔らかな声色は、風に消されることも無く聞こえてきた。

「秋の風は身に染む、帰るぞ。」
「・・・・・・はい!!」
 

以前はその後姿を追うのが辛かった。
けれど、今はその後姿を追うのも、辛くはない。
姉様と同じくらいに、姉様の分も見ていてくださった背中だと知ったのだから。


“姉様、私は大丈夫です・・・。
 私は私らしく、この手のひらを天にかざして、上を向いて歩いていきます。
 ・・・私はここにいてもいいのかと悩んだ時も沢山あったけれども、 きっと、大丈夫です。
 それでも、どうしても辛い時には、顔を上げられないときには ・・・また、会いに来ます。
 
 ・・・だから、それまでは・・・
 
 心配させてしまうかもしれませんが、私のこと、どうか見守っていてください。”
  
 
 
秋桜は、儚げに風に揺れるイメージがあるのですが、実際に植えて育ててみると・・・
かなり強いです。ええ、もう驚くくらいに。そして群生する姿は圧巻で壮大で・・。
もともとは儚い姿を秋桜に例えて緋真さんを描こうとしたのですが、
育てた経験を重ねてみると、あら不思議。
緋真さん、実はとっても強い女性だったのではないか?と彼女自身のイメージが変わってきました。

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