Le Caprice des Granades
~真の主役のものがたり~
ある日の夕方、私の執務室に戻れば、かすかに感じたのは
・・・見知ったものの霊圧の残り。
さて、何の用でここへ来たのであろうか。
―あ、さっきルキアが来ていって、コレをくれたんスよ。
我が妹は、どうやら恋次に用があってこちらに来たらしい。
それだけであったならば、もともと奴とルキアは共に育った間柄でもある、
ただ聞き流すだけで済む、はずだった。
・・・だが、奴は私の地雷を踏んだ。
-・・・楽しかったなァ、あれは。
楽しい、と?
奴は確かに、「楽しかった」と言った。
だが、あの過酷な土地で(緋真がルキアを捨ててまで生きねばならなかったようなあの土地で)
本当にルキアは「楽しい」思いなどしたのか?
そもそも、ルキアはどのような子どもだったのか?
今でこそ私にも時折ありのままの姿を見せてくれるようになったが、今でもなお
あの娘は私を見れば・・・
・・・思えば、私はルキアの何を知っているのだろうか。
私は兄でありながら、何も知らぬ。
だが、目の前にいる此奴は、ルキアの多くを知っているのだろうか。
私の知らぬ、知りたいと望んでももはや叶わぬ多くの物を。
いや、そもそも私には、望むことすら許されぬのやもしれぬが、それでもなお、
・・・急に、腹立たしさが込み上げてくるのを感じた。
常に心乱さぬようにと己を戒めているはずであったが、その戒めも効かず、
-恋次、口はもういい、手を動かせ。
私の足は、柘榴の持ち主であった浮竹の下へ向かっていた。
とはいえ、何をしたかったという訳でもない。
奴のところへ向かったところで、何かあるというわけでもなかろう、それくらいは分かっていた。
だが、何故だろうか、迷うことなく、ためらうことなく私の足は雨乾堂への廊下を突き進み、
手は入り口の障子に掛かっていた。
まるで浮竹は私が来ることを予期していたかのようだった。不思議なものだ。
そして私の(特に私も意味を成すようなものではないと自覚こそしていたが)一通りの苦言を聞き流し、
あり得ぬようなことを私に言ってのけたのだ。
-だったら、自分で採ったらどうだ?柘榴くらいあるだろ?
この私に、柘榴を採れ、と???
私に自らの手で、柘榴を採れというのか???
・・・あり得ぬ、絶対にあり得ぬ!!
だが、ルキアも昔は柘榴を自分の手で採っていたのだろう。
恋次は、「楽しかった」と言っていた。
浮竹は、「自分で採れ」と言う。
なにより・・・ルキアが柘榴を好むというではないか。
-・・・失礼する。
-おいちょっとまて白哉!!・・・ったく。
恋次は、竿に引っ掛けて採ったといっていた。
浮竹も、竿の先を細工して採るものだといっていた。
・・・まさか、あの化け猫のように私が木に登るなど、有り得ぬ。
なにより、あの娘が昔そうしていたような・・・
-清家、竿を用意しろ。
-竿、でございますか?
-二度も同じことは言わぬ。
-しかし、竿など一体・・・
-・・・確か、裏庭に柘榴の木があったな?
-ええ、ございますが。
-実の付き具合はどうだ?
-今年は豊作でございます。もうそろそろ収穫しても良い頃合の実もございましょう。
・・・まさか、竿で柘榴の実を??
-何か問題でもあるのか?
-白哉様、そのようなことをされなくても、我々が収穫いたします。
そのような滑稽な、いえ、童のような真似などどうかなさらず!!・・・
-清家、お前は竿を用意するだけで良い。他言は無用だ。
-しかし、何故竿で柘榴をお採りになろうと?
どうか私に、理由だけでもお聞かせ願えませぬか?
-・・・ルキアが昔、あの土地にいたころ、そうやって採っていたのだという。
-ルキア様が、ですか・・・。
-私は、あの娘の過去を知らぬ。
どんな風に生きてきたのか、どんな姿だったのか、どんな子どもだったのか・・・
泣いていたのか、笑っていたのか、さえも知らぬのだ。
もっとも、私は・・・今のあの娘のことさえも、知らぬことが多い。
-・・・しかし、そのようなことをされなくとも・・・白哉様がどんなにかルキア様に寄り添い、
お二人の間の溝をお埋めになろうとされていることを、我々は存じております。
きっとルキア様も・・・。
私は、あの娘と、共に何かをした・・・ということは無かった。
私があの娘のために用意した、全てお膳立てされた「贈り物」を与えたところで・・・
あの娘は喜ぶどころか、いつも申し訳なさそうに、むしろ困惑した顔さえ見せていた。
あの娘がそのような「もの」で喜ばぬのであれば、一体何を喜ぶのであろうか。
・・・「もの」ではない、何か・・・
―まあそんなことがあってもいいんじゃないか?
朽木は柘榴が好きそうだし、とても懐かしそうな、嬉しそうな顔をしていたぞ?
お前も一緒に採ってみたらどうだ?いい思い出にもなるだろ、今まで色々あった分。
私は柘榴が欲しいのではない・・・ただ・・・
ルキアの見てきた世界を、私も見てみたい、それだけなのだ。
あの娘の世界に、私の視線を合わせたならば、見えるやもしれぬ、そう思ったのだ。
愚かであることなど、私とて分からぬわけではない。ただ、
それさえも上回るほどの「願望」という愚かさが私の中に存在していた、ただそれだけのことだ。
とはいえ、竿で柘榴を採るなどといったことは過去においても経験がない。
しかし、ルキアの前で失敗など出来ぬ、絶対にだ。
竿で柘榴を採ろうとする滑稽さ、愚かさは我慢できよう。
だが、私が失敗する、その姿をルキアに見せる羽目になる、そのことだけはあってはならぬ!!
・・・清家は、私への説得を諦めたようであった。
-清家、ルキアが戻ってきたならば、裏庭の入り口まで来るようにと伝えよ。
-畏まりました・・・。
-それまで、誰も裏庭へは立ち入らせるな。