Le Caprice des Granades
~真の主役のものがたり~
裏庭の入り口で私の姿を見たルキアは、大きな紫色の瞳をさらに大きく見開いていた。
・・・そんなに驚くではない。
しかし、そのように驚く様を見せることも、今まで無かったのだが。
柘榴を採らせるため竿をルキアに預ければ、かなり動揺した様子であった。
思えば、あの土地から離れて何十年も経つ。
・・・柘榴を採っていたのも、遠い遠い昔であろうな。
だが幼い頃の姿が少しでも、今のお前に重なって、見えてくれたなら・・・。
-あっ!!!・・・
-・・・!!
私の身は、とっさによろけたあの娘の傍にあった。
唯一の誤算は、私も勢い余ってあの娘と共によろけてしまったことだったのだが。
・・・あの娘への『皮肉』は、そのまま私自身への自嘲に他ならなかった。
とはいえ、あの娘に怪我がなかったことに、何よりも安堵していたのは否定できまい。
私の上に降って来たあの娘は大層小さくて軽く、いまだに幼な子のようで、
竿を振り回す姿からは見えなかったのだが、
ふと、私は・・・この時初めて、知らぬはずのあの娘の『すがた』の片鱗を見たような気がした。
・・・そんなに謝らぬともよい。
あの日、私のいた病室にお前が白がゆを運んできたときも、同じ顔をしていたな。
お前のそのような、眉根の下がった、ひどく落ち込んだ顔など見たくないのだ。
だが、その言葉は私の口から終に出ることはなかった。
出るのは心にも無い、あの娘をなじるような言葉ばかり・・・
私はそのような己に嫌気を感じつつ、もうしゃべらずとも済むように、
-もう良い、竿を貸してみるがよい。
柘榴採りの練習中に品定めをし、この娘に採ってやろうと決めていた、
・・・一番大きく、程よく熟した柘榴を採ってやると、
あの美しい紫水晶のような瞳が更に見開かれた。
まるで零れ落ちてしまうのではないかと思うほどに。
こんなにこの娘が私の前で豊かな表情を見せるなど、今まで無かった。
・・・昔のお前も、柘榴を見てこんなに豊かな表情をしていたのか?
あの土地でも、おおらかに笑っていたのだろうか?
ー食してみるか?
-・・・ここで、ですか?
そんなに困惑するものなのか?
お前も、かつては・・・
それとも、遠慮なのか?
朽木の家の人間として「してはならぬ」「あってはならぬ」ことを、お前には色々と押し付けてきたのだが、
たまには、そのような枷を解いても良い、良いのだ。
もしも私の顔色を慮っているのであれば、さて、どうすれば・・・。
ー・・・私がここで半分食するゆえ、お前もここで半分食するがいい。
お前も昔、このようにしてその場で食したことがあるのだろう。
半分に割った柘榴を、ルキアに手渡した。
自分の柘榴のほうが大きいのはおかしいというあの娘に、私はそれこそ「大人気ない」ことを
言ってしまったな。
なぜ、正直に言えなかったものか・・・
柘榴云々ではなく、そもそも甘いものが苦手であることを言えば、それで話は済んだはずである。
・・・また、眉根を下げ、私の言葉に肩を落としておる。
嗚呼、お前のそのような姿は見たくないのだ、私が見たいのは、お前の・・・
―朽木は柘榴が好きそうだし、とても懐かしそうな、嬉しそうな顔をしていたぞ?
そうだ、私が見たいのは、見たかったのは、
お前の幼い頃にはあったであろう、おおらかな姿、
そして、お前の喜ぶだろう顔、
今まで何を与えても見ることの出来なかった、見たいと思っていた・・・
私の見たことの無い、お前のありのままの姿、しぐさ、表情、その全て-!!
・・・そのために、私は自分でも愚かと思いながらもこのような真似をしたのではないか?
“この娘よりも先に・・・私が柘榴を口にすれば、この娘も食べやすい、のだろうか・・・”
私は、柘榴を数粒取ると、それなりの覚悟を決めて自分の口に放り込んだ。
実を噛み潰したときに広がった味は、ことのほか甘かった。
しかし、この目の前の娘のように、どことなく強さを秘めたような、
野趣のある味だった。
私の隣に腰掛けていた娘は、半ば得体の知れぬものを見るような目で私を見ていたが。
ふと、ルキアが私に柘榴のことをどこで聞いたのかと尋ねてきた。
・・・別段隠す理由も無かろう。
私は恋次から聞いたのだ、と答えた。
するとバツが悪そうに、何を思ったのであろうか、隣の娘は目を伏せ、
恋次に柘榴を与えた理由をぽつりぽつりと話し出した。
・・・だが、私の腹の中で煮えきらぬ何かが湧いてきたのを感じていた。
あの浮竹の柘榴くらいで、部下に何も思わぬはず、だったのだが。
どうも今回は様子が違うようだ、我ながらそう思う。
-・・・何を口にするかしないかは、私の勝手だ。お前の考えることではない。
それが辛かろうと、甘かろうとだ。
-すみませぬ・・・
その腹の底に湧いたものを吐き捨てるかのようにそういえば、お前はまた眉根を下げる。
分かってはいるのだが・・・私が原因であることくらい。
私が促せば、ルキアは自分も柘榴を口に運び始めた。
・・・いまだ、どこと無く遠慮がちに、ではあったが。
恋次は「血だらけの鬼」と言っていたが、この娘の口はほんのりと柘榴の汁に染まり、
紅を差したかのようであった。
まだ幼いこの娘に紅など、とかつては思ったものだったが、
艶やかさどころか、より「あどけなさ」が強調されるその姿は、
眺めている私の腹の底にいまだに溜まる「何か」を、どこか遠くへ取り去ってくれるようであった。
お前は私のことを見抜くのが、本当に上手くなったな・・・。
小言を言っているフリをしてお前をからかえば、お前は笑ってそれを指摘する。
だから、つい、本音がこぼれる・・・
-仮に、知りたいと望んでも、もはや叶わぬ。
あの場所でお前がどんな風に暮らし、笑い、悲しみ、怒り・・・生きてきたのか。
過酷な場所でも、お前が生きてきた日々の中に喜びがあったのかどうかさえも
私は知らぬ。
・・・そう、私は何も知らぬのだ。
お前は・・・失い続けた私に残された、たった一人の『家族』だというのに。
-兄様、私も兄様のお小さかった頃のお姿をこの眼で見ることは出来ませんし、
私は・・・姉様のお姿さえも、この眼で追うこともできませぬ。
仮に望んでも、どちらも叶わぬことです。
-・・・だが、私はお前から目を背けていたのだ。
今までも、お前を知ろうとなどしなかった。
何も知らされずに私に引き取られ、辛い思いをしてきたお前ならばともかく、
今更望むこと自体、私には許されぬのやもしれぬな。
-知ることが許されるのか否か、それは私には分かりませぬ、ただ・・・
素敵な思い出が一つ増えたような気がします
お前の見せた『笑顔』、何よりも欲しかったもの・・・
何をお前に与えても、豪華な暮らしをさせても、お前はいつも困惑だけを私に見せていたな。
こんな柘榴一つでお前がこんなにも笑うとは。
・・・自惚れは許されないな、私がお前を笑わせた、などといった。
私の影の愚かな努力など、お前に認めて欲しいなどとは思わぬ。
お前に私が負わせてきたもの、それに対しお前が真摯に尽くしてきた努力と比べれば、
私のしたことなど、微塵の類だ。
だが、今だけは・・・愚兄の自惚れを許してはくれまいか?
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“兄様、恋次に『ぐれなでんしろっぷ』を渡してまいりました。”
“そうか。”
“あ奴は全く・・・色を見て『毒でも入っているのでは』と馬鹿な事を申しておりましたが。”
“まあよい。奴も今回は色々とあったからな。”
“兄様はお優しいのですね。恋次の奴、兄様のお気持ちも知らずに・・・。”
・・・一番知っておるのは、奴なのだがな。
そして私は、浮竹がルキアに渡した柘榴の顛末と、『策士』の存在を後に知ることとなった。
・・・さすがの私も、これには潔く『負け』を認めざるを得なかった。
しかしながら、浮竹も人が良すぎるのではないだろうか。
自分の与えた柘榴を全て『策士』に奪われ、あの娘は結局一口も食べていないのだ。
そこで浮竹が怒らぬだろうことさえも、『策士』の内では折込済みといったところであろうか。
・・・実に悔しい、が、快い完敗ではあった。
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