庭に植えた崑崙花の前でたたずむお前を見ていると、
・・・昔のことを思い出す。
緋真もまた、あの花の前で佇み・・・お前を思い、肩を震わせていたな。
お前は私に気付いて、一瞬びくっと肩を震わせながらも、
こちらを見て笑うようになったな。
その穏やかな姿は、瓜二つ。
以前はその姿を見ることさえ辛かったのだが。
緋真は、私にお前を託して逝った。
自分とお前を繋いでくれるのは、私しかいないのだと・・・。
お前は、緋真が私とお前を繋いでくれた存在なのだと言った。
つながるはずの無い点と点を繋いだのは、緋真なのだと・・・。
私にとって緋真は、この冷めた永く続く世界に、例え一瞬であろうとも
彩りを与えてくれた存在であった。
いや、恐らく「彩り」それ自体は存在していたのやもしれぬ。
だが私はそれを知ることもなく、無縁の空虚さの中で生きてきたのだ。
そのような空虚だと思っていたこの世界にある「彩り」と私とを繋ぐ、まるで架け橋のような存在・・・
それが、緋真だった。
・・・では、お前は私にとって何なのであろうか。
お前を引き取っても何の利得があろうかと言われたこともあった。
名を下げる愚かなことだとも言われたこともあった。
・・・それは緋真を妻として迎えたときもそうであったが。
仕舞いには、乱心、気まぐれ、単なる戯れごと、その他云々・・・。
私が何かを言われる分には構わぬ。
私に対して正面から物を申さぬ者の言葉など、そもそも聞く必要などない。
・・・だが、緋真やお前には、辛い思いをさせたかもしれぬな。
それでも緋真を傍に置いた、そして今お前を置く理由・・・
確かに、お前は私と緋真を今なお繋いでくれるような存在ではある。
緋真がかつて私を「妹と繋いでくれる存在」と言ってくれたように。
お前が傍にいるがゆえに、私は緋真へ今なお思いを馳せることが出来ること、
お前には酷かも知れぬが、それは否定できまい。
その点において、お前は過去と現在を繋いでくれる存在ではあろう、
・・・しかし、それだけであろうか?
-兄様、この花は本当に愛らしい花ですね。
あでやかで華麗な花も素敵ですが、清らかにに輝く白い花も素敵です。
本当に、小さな絹の白布のようですね。
あどけなく笑うお前に、つられて私も心なしか微笑む。
・・・微笑む?
笑うことなど、とうの昔に忘れた・・・
そもそも感情など、とうの昔に棄てたはずであった。
-この花をみて姉様は私を思い、涙していたというのならば、
私もこの花をみて姉様を思い、この花のような白布で涙をぬぐって差し上げることが
できたなら・・・と思うのです。
叶わぬことなのに愚かですよね、と言ってお前は涙ぐむ。
かつて、緋真がお前を思い、その目を潤ませたように。
・・・お前達は、同じだな。
自分で涙ぐんだ目を指でぬぐおうとしたお前を制し、私は、
緋真が望んだように、懐にあった若草色の手拭を取り出し、お前の目を拭っていた。
お前は驚き困惑したかのように一瞬目を見開いたが、次第に顔をほころばせていった。
まるで、垂れ込めた雲間から陽が差し込んでいくかのように。
・・・そして、その陽に煌き、鮮やかな彩りを放つかのように。
・・・その様に、どれだけ私は心を揺らされ、そして安堵したことだろうか。
それは、昔も、今この時も、変わらぬものだな。
かつて、私は緋真の願いを叶えてやりたくて、その一心でお前を引き取った。
私のために、ではなく、緋真のため、そう思っていた。
だが、今思えば・・・
お前は、この世界で再び孤独となるであろう私のために、
再び彩りのない世界で空虚さを抱かねばならぬであろう私のために、
緋真が遺してくれた存在なのやもしれぬ。
そうだ、私にとってお前は、
・・・この世界の彩りと、私とを、再び、繋いでくれるような存在なのだ。
霞のように儚くも消えてしまった、緋真という架け橋。
そしてもう一度私にもたらされた、お前という架け橋。
・・・私はこの世界の美しい彩りを知る、その喜びを知っている。
・・・そして、その美しい彩りを見失う、その苦しみも知っている。
お前は、私に・・・その彩りを再び与えてくれた。
そう、お前は・・・その名の如く、私の世界に彩りをもたらす『光』の架け橋。
そして、お前は・・・その存在自体が、私がこの世界で生き続ける理由。
故に、私は己の意思で、お前の涙を拭うのだ。
白布をまとうその花姿を見やって・・・
お前が緋真の涙を拭いたいと思ったように、緋真がお前の涙を拭いたいと願ったように。
・・・私に再び与えらた彩りを、涙で曇らせることのないように。
再び架けられたこの橋が、幻のように消えてしまうことの無いように。
私にとってお前は・・・決して失ってはならぬもの、護るべき存在なのだ・・・。
それは従前より私が護るべきと信じてきた、「誇り」と同じくらいに。
仮に、何者かがお前を苦しめ、涙を流させ、刃を向けるとことがあれば、
それは・・・
お前という架け橋とつながる私に刃を向けたも同じ。
-私が貴様を斬るのは、ただ、貴様が・・・・
もともとは、ルキアが緋真さんを思うモノローグのみだったのですが、方向転換。
そして、今回は下の2つの詩から上記の文章を書いていたんです。
1回目のルキアのモノローグと、2回目の緋真さんのモノローグから何となく漂ってきていればよいのですが。
―春過ぎて 夏来にけらし 白妙の 衣干すてふ 天の香久山―(小倉百人一首のほう)
―若葉して 御眼の泪 ぬぐわばや―(芭蕉の句より)
・・・例の5月の奈良旅行をした際、新緑がとても美しかったので、思い出したのがこの句たち。
とくに芭蕉の句は、唐招提寺に行った際に衝撃的でした。
この短い句の中に、あふれる思いが詰まっていて・・・
そこで崑崙花の白い花のような部分を白妙の衣(布)に見立て、それで「涙をぬぐってあげたい」と持っていくようにしよう、と、していたんですよ・・・(最後の兄様は「若草色の手拭=“若葉”」なのですが)。
それが最後の最後で、あんな風にかっとんでしまうのだから、怖いものです、はい。ものすごいですよ、ええ・・・。