立葵 (二)
『梅天に咲く』
 
 
お前に礼を言ったあの日のこと、今も忘れることなんかねーよ。
この身が滅び、露と消えた後も・・・
そう、お前にさよならを告げることになったのは、こんな季節のことだったな。

まだ幼かったお前には、辛い思いをさせたかもしれねぇな。

でもな、朽木・・・俺はな、あの時のこと、一度だって後悔なんてしたことなんかねぇよ。
大事な誇りを護る戦いが出来て、俺として最期を迎えられて、
そして心を託すことができて、本当に幸せだったと思う。
化物としてではなく俺として死んでいけることが・・・本当に嬉しかった。

たとえ・・・二度と十三番隊の仲間と共に戦えなくなるとしても、だ。


お前もいつか知るときがくる。
本当に護るべき、そして護りたいと思ったものが出来たとき、俺たちはな、
他にもっと安全な選択肢があったとしても、自分も護りたい相手も助かる方法があったとしても、
そんなことどうでも良くなるもんなんだよ。
只、『護りたい』・・・その思いだけで、他の思惑は全てどこか行ってしまう。
その代わり・・・自分でも思いもよらないくらいに、それは強い力を持つこともある。

・・・あのときの俺も、そうだった。

俺のこの眼に最期に映していたのは、他でもないお前。
何があろうとも、護らなければならないものを託すことが出来る存在。
・・・死神としての誇り、思い、心・・・を。

お前の心の中には、まだあのときの事が、深い傷となって刻まれているのだろうな。
心根は優しいお前のことだから、きっと・・・
恐怖から俺を刺したこと、ずっと責め続けているのかもしれねぇな。

そして、この雨の季節になるたびに、
あのときの事が記憶の底から頭をもたげ、お前を苛むのかもしれねぇ。


でも・・・どうかこれだけは忘れないでくれよ。
冬の後には必ず春が来るように、
闇夜の後には必ず曙の光がもたらされるように、
雨の後には、必ず澄んだ青空が広がるもんだ。

・・・降り止まない雨は、ねえんだよ。

今はまだ、梅雨の長雨に包まれて、街もお前の記憶も・・・
鈍色のもやの中にいるのかもしれねぇけど、それでもな・・・

・・・ホレ、あの花を見てみろよ・・・流魂街にも咲いてたろ?立葵。
知ってるか?
梅雨の入りと共に下から咲き始めて・・・梅雨の明けと共に一番上の花が咲くんだとよ。
もう、半分以上咲いたようだな。

大丈夫だ。
あの街も、もうじき雨の季節に別れを告げて、眩しくて力強い陽に包まれるはずだ。
そして、お前の記憶に降り続ける雨も・・・きっともうすぐ、止むはずだ。
お前の心に留まり続けた梅雨の空も、もう直ぐ遠のいて・・・必ず、明けるはずだ。

・・・そう、必ず、晴れるときがくる。

だからな、
自分の護りたいものの為に、自分の信じるもの、自分に託されたものの為に、
其の歩みを止めることなく、突き進めばいいんだ。
俺を護れなかったこと、あの時の自分の弱さを悔やむなら、其の分、自分のすべきことをすればいい。
自分がすべきことくらい、今のお前ならわかる筈だ。

・・・自分が信じる道を、胸を張って堂々と生きろ。


・・・それが、俺が死神として生きるお前に預けていける、最後の『心』だ。
 
 
 
 
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