「葉月の出来事」
「・・・何を作ってるのだ?」
「あ、ルキア姉ちゃん!!お帰り!!」
「あのね、今・・・夏梨ちゃんと、お盆の牛と馬を作っていたの」
「牛?・・・馬?・・・」
・・・俺達が夏期講習という名の補習(俺は成績は悪くないが、出席率が例によって足りなくなっていた)から戻ると、
リビングで夏梨と遊子が・・・昨日買ってきた野菜を冷蔵庫から引っ張り出していた。
「お前ら、そんなモンで何してんだ?」
「お兄ちゃん、お盆の牛と馬作ってるんだよ?」
「・・・ウチはそんなモンつくらねーだろ、毎年・・・」
そう、ウチでは作ったことがねぇ。
それもそのはず、親父はまるでお袋が今でも生きているかのように(俺らがドン引きするくらいに)デレデレになっている。
その証拠があの馬鹿デカイ遺影だ。
あの遺影への振る舞いは、本気で今でも生きているんじゃねーかと思わせるくらいだ。
そんな親父が、お袋をあくまでも「死んだもの」として扱うようなお盆をまともに迎えるわけがない。
それに・・・親父は知ってるんだ。
現世で死んだ人間が、お盆に戻ってくるなんてことが、ない・・・ということを。
なぜなら、親父もまた・・・現世の理を外れた存在だったからだ。
それを知ったのはつい最近だけどよ。
「一護、何故・・・胡瓜や茄子で馬や牛を作るのだ?」
「てめえらの理からは理解できねーだろーけど、」
だが、俺が説明しようとしたときに、
満面の笑顔で遊子が茄子を片手にルキアに説明を始めた。
「あのね、お盆にはね、今夏梨ちゃんが作ってる胡瓜の馬に乗って、ご先祖様や死んじゃった人が戻ってくるんだって。
それから、私が作ってる茄子の牛に乗って、お盆が終わるときには帰るんだって。」
「・・・ウチでは作らないって言ったんだけどさ、遊子が友達の家でお盆の牛と馬の話を聞いたんだってさ。
で、遊子がウチでも作りたいってさ・・・親父は何というか分らないけど。」
「だって夏梨ちゃん、お母さんに帰ってきてほしいじゃん!!
夏梨ちゃんは帰ってきてほしくないの??」
-魂の循環を知っているルキアには、そんな現世の伝承なんつーのは、可笑しなもんだろうな。
そう思いながら・・・ふと、ルキアを見ると・・・
夏梨と遊子を穏やかな目で見つめていた。
-ルキア・・・?お前、そんなことはありえない、って知ってるんだよ、な・・・?
次の瞬間、正直、俺は驚いた。
ルキアはソファに荷物を放り投げると、夏梨と遊子の傍に座っていた。
「夏梨、遊子、私も手伝うぞ!!」
「ほんと?」
「ああ。一体どのように作るのだ?」
ルキアは胡瓜を片手に、慣れない手つきで・・・遊子に言われるままに
切った割り箸を挿していく。
「なぜ、胡瓜は馬なのだ?」
「えっとね、早く帰ってきてほしいから・・・って言ってたの。
胡瓜のほうが細くて速そうだよね、でも。」
「・・・そうだな。
そうしたら茄子の牛というのは・・・逆にゆっくりのんびり帰ってほしい、ということなのか?」
「・・・かもしれない。」
ルキアの問いに答えた夏梨が、ふと・・・お袋の遺影を見上げながらつぶやく。
「・・・でも、ウチのお袋が胡瓜の馬と茄子の牛に乗ってるトコ、想像できないんだよなぁ。」
そこでまた、遊子がとんでもないことを言い出した。
「じゃあ・・・馬車作る?夏梨ちゃん?」
「馬車???」
「胡瓜の馬や茄子の牛に引いてもらう馬車!!お母さん、馬車なら乗ってそう。」
「おお、それはいいかもな!・・・よし、遊子、馬車を作ろう!!」
ルキアは遊子と一緒に、台所に馬車の材料を探しに行った。
ずっと突っ立ったままで様子を見ていた俺と、遊子に付き合っていた夏梨の目が合った。
「・・・何だか馬鹿馬鹿しいな・・・親父が見たらなんつーか・・・・」
「でも、会いたいのは遊子だけじゃない・・・・」
「夏梨・・・・」
「あ、悪い・・・一兄・・・・」
夏梨は目をごしごしとこすると、二人を追って台所に行っちまった。
独り残された俺は・・・お袋の遺影を見上げることしか出来なかった。
・・・やがて、蓮根の車輪を付け、グレープフルーツの皮で作られた馬車が出来上がった。
「スイカやメロンがあればよかったのにね。」
「でも日持ちしねーだろ、遊子。
中身を抜いた苦い皮の部分だけなら、お盆明けまで持つだろうし。」
「そうだね、夏梨ちゃん。
でも馬車の車輪を思いつくなんて、さすがルキアお姉ちゃん!!」
「中々のアイデアだろう??」
・・・仕事を終えて診察室から住まいに戻ってきた親父も、
その造詣を見ても何も言わなかった。
いや、厳密には・・・べた褒めしていたんだけどな。
「・・・なんだ一護、腑に落ちないといわんばかりの顔だな」
「当たり前だろルキア、まさかお前まであの牛馬つくりに加わると思ってねーし」
夜、高いところが好きなルキアがまた屋根に上っていたので、
俺も何とか這い上がって隣に腰掛けた。
「大体、お前は知ってんだろ?
死んだ人間の魂が現世に1年に一度戻ってくるなんてありえねーっつー事くらい」
「・・・それを夏梨や遊子に言って、何かいいことでもあるのか?」
「そりゃ・・・そうだけどよ。」
「あの二人は、貴様よりももっともっと小さい頃に母親を亡くしておるのだ。
・・・本当は今すぐにでも会いたい、いつも傍にいてほしい、そう思っているに違いなかろう?」
「・・・・」
「私には、そんな二人に魂の循環の理を説いて、二人の心に鉛の矢を打ち込むような真似など出来ない。
親父殿もそのようなお気持ちだったが故に、あの馬車を見ても何も言わなかったのであろう?」
それに・・・と、ルキアは付け加えた。
遠い目をして、夜空に浮かぶ月を見上げながら・・・・
「私だって、会えるものなら・・・
一年に一度でも、会えるのなら、会いにきてくれるのなら・・・会いたい存在は居るからな。
あ奴らの気持ちは、たとえ理を知っていたとしても、牛馬が現世の迷信だと知っていても、
痛いくらいに分かるのだ。」
「ルキア・・・・」
「そう、会えるのなら・・・会いたい。
流魂街での仲間達や・・・海燕殿、都殿に・・・。
そして、会ってみたい・・・・
見たい、声を聞きたい、名を呼んでほしい、それから・・・・」
ルキアの目に浮かんだ涙は、偽りのないことを物語っていた。
しばらく独りにしてほしいとルキアがつぶやいたので、俺は落ちないように気をつけろよ、と言って室内に戻った。
・・・俺だって、会えるモンなら会いてぇよ。
そんでもって、守れなくてすまなかった、って謝りてぇよ。
・・・それが出来ないと分かっているから、せめて守れる力を持って、強くなるって誓ったんだ。
そしてお盆の最後の日・・・珍しく、親父が送り火を焚いた。
多分初めてだろうし、おそらくは遊子達の為にしたんだろう。
天に昇る煙を夏梨はじっと見上げ、遊子は「お母さん、またね!!」と空に向かって手を振っていた。
俺とルキアは、その様子を少し離れたところで見ていた。
「・・・お前の母上も、行ってしまわれたな」
「てめえらの理じゃ、そもそも現世になんか戻ってこねーだろ。」
「まあな。」
「まあな、じゃねーよ、まったく。」
「だがな、一護・・・」
「ん?」
「私達死神だって、血も涙もない存在では必ずしもないのだからな。
戻ることは無いと分かっていても、在りし日の面々は心の拠り所になっているのだ。
・・・お盆、というものも、現世の人間が生きていくためのそういう「拠り所」の一つ、なのだろう?
私は、それを否定するつもりはない。」
「・・・・」
「貴様の親父殿や妹達がいつも母上を思い拠り所にし、
私が在りし日の仲間達や海燕殿らとの日々や教え拠り所にして歩んでいるのと同じこと。
・・・1年に一度だけ、帰ってくると信じて、会えると信じて・・・
それを胸に日々を重ねていくのと、他の拠り所とでは、一体どこが違うのだ?」
ルキアも煙を追って、空を見上げた。
俺も・・・煙を追って空を見上げてみる。
・・・拠り所、か・・・。
・・・そうかもしれねぇ。
鉄紺の空に、送り火の煙は溶けていく。
-・・・お袋、また来年戻ってきたときには、もっと強くなってみせるからな。
だから・・・楽しみにしていてくれよな。