金木犀

「桂花の夢」


あの日・・・


運ばれてきたのは、見たことも無い義骸・・・イレモノだった。
いや、イレモノなんてものじゃない。
あんなモノを作れる奴がいたら、とてもじゃないがこの静霊廷では生きていけないはずだ。

確かにその義骸自体も特殊なものだった。
こんな物が存在することが信じられなかったし、目も疑った。
死神の霊力の回復を図るために一時的に用いるもののはずが、逆に力を奪い取る。
・・・危険なものである事は、一目瞭然だった。

何よりも、
口にこそ出さなかったが、俺にとっては・・・
このイレモノの美しさが脅威だった。


俺たちも仕事柄、義骸は何度も作ったことがある。
とはいえ、所詮義骸は義骸、イレモノはイレモノ、一時的な依り代。
此処まで精巧に作りこまれることなど、滅多にない。
勿論、其処まで作りこむ必要性も無い。

だが・・・目の前に運ばれてきたそのイレモノは、違った。

まるで、義骸そのものが新たな体にでもなり、魂と一体化し、
そのまま只の人間として生きていくことを前提とするかのような作りになっていた。

只のイレモノとしての義骸は、そこには無かった。

白く滑らかな磁器のような皮膚。
俺たちが纏う死覇装よりも深い黒を帯びた髪。
内に魂をもはや抱いていないにも関わらず、猶も紅く艶めく唇。
しなやかな肢体、長いまつげに縁取られた瞼、見目好い顔かたち。

これは、義骸なんかじゃねぇな。
・・・もはや、生身の体を作ったに等しい。

・・・そして、こんな精巧にあの罪人に似せて作られた義骸だ。
この義骸の持ち主だった見目好い罪人のことを、隅から隅までを知り尽くしているものにしか作れまい。

そう、隅から隅まで、だ。


目の前にしたこの義骸を、
眺めれば眺めるほど、調べれば調べるほど・・・
疑問と共に、自分の内に漣が立ち、波紋が広がってゆく。

一体、此れを作ったのは誰なんだ?
此処まで精巧に、そしてあの罪人を生き写したかのように作り上げたのは。
あの美しい罪人の全てを隅から隅まで知り尽くしただろう奴、
・・・お前は一体誰なんだ?

所詮は義骸、そう、只のイレモノ。
しかも此れは罪人の脱いだ義骸。
いわば、罪人の姿そのもの。この世界の規律とやらに背いた存在の映し身。

なのに、何故此処まで感情を揺らされる?
目の前にあるのは、たかが義骸であるはずなのに!!
これは此の義骸の特殊さ故か?それとも此の義骸の精緻さゆえか?
この義骸を作った奴の腕への嫉妬か?

・・・それとも、この義骸を纏っていた見目好い罪人に、



「・・・さん、阿近さん・・・。」
「ん?・・・あ、リン・・・オメーかよ。」
「こんな研究室で寝ていたら風邪引きますよ。」

「・・・?」
「どうされたんですか?」
「この匂い・・・甘い花の匂い、何だ?」

「ああ・・・それですよ。阿近さんの机に置いてある御茶ですよ。」
「?」
「10分くらい前に、涅副隊長が皆にお茶を淹れてくれたんです。
きっと阿近さんはお休みになっていたから、副隊長は起こさないでそっと置いてってくださったんですよ。」
「茶?」

「何でも、女性死神協会監修で新しく開発したものらしくて・・・
現世で最近流行りの『癒し』とか『りらっくす』の効果があったり、
なんと寝る前に飲むと・・・そのいい花の香りの効果もあってか更に『りらっくす』して、いい夢を見やすくなる効果もあるんだとか。」

「・・・、でも何で茶から花の匂いがするんだよ。」
「金木犀の花の香りを移し取ったお茶なんだそうです。
現世では『桂花茶』というらしいですよ。
その『桂花茶』に、四番隊特製の疲労回復に効く薬草や、我らが技術開発局の・・・」

「・・・くだらねぇ。」
「え~、結構美味しいし、疲れも取れるし、結構好評なんですよコレ。
お菓子と一緒に飲んでもホントおいしいし。」


・・・茶がくだらねぇんじゃねぇよ。

・・・茶に付けられた花の匂い如きに、心乱されてあんな夢を見ちまった俺がくだらねぇんだ。

 

秋を知らせる香りですね。

中国では「桂花」と呼ばれ、茉莉花とともにお茶の香り付けに使われます。

そんなこの花で書いてみましたが、このお茶に加えられた十二番隊(技術開発局)が開発した成分って・・・・

 

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