『白帝独吟』
私の許へ其の身一つで嫁いできた、緋真。
今までの苦労も何もかも忘れてしまうほどの幸せを与えてやりたい、
そう、心から思っていた。
今日を生きるのに困窮することも無く、
風雨に打たれ其の身を苛むことも無く、
人の好奇の視線に晒されることも無く、
慎ましくも美しく、私の傍で微笑んでいてほしい。
尾花の大株に守られながら、密やかに薄い緋色の花を開く思い草のように、
常に私の傍に在って欲しい、私だけを只思っていて欲しい。
・・・そう、願っていた。
だが、
私の願いは叶わなかった。
慎ましくも美しい、可憐な姿は僅か五年で私の傍から消えてしまった。
・・・全てを、私のものにする前に。
其の身一つを全て私に預けてくれた、緋真。
しかし、其の心は・・・果たしてどれ位、私に預けてくれただろうか。
今でもふと、胸の内に思いが過ぎる。
『妹を探さなければ』
『妹は今何処に・・・』
『妹は生きているはずです、絶対に』
『妹を・・・どうか守ってやってください』
妹、妹・・・と、私がおらぬ時は、決まって妹を探していた。
緋真が私のことを思う以上に、緋真に思われていただろう、生死も知れぬ『妹』、
それは最期の時まで変わらなかった。
そう、
私の願いは叶わなかった。
過去の苦労を忘れてしまうくらいの幸せを与えよう、故に私だけを只思っていて欲しい。
・・・緋真の心を、私が独り占めすることは出来なかった。
翌年漸く見つけ出した、緋真が探し続けた『妹』。
私の愛でた『思い草』が思い続けた、もう一つの『想い草』。
その姿は生き写しでも、その内は異なっていた。
地中に深く根を張って内に力を蓄え、
一人で野辺の風雨にも負けずに姿良く立ち、
その深い紫を帯びた双眸には思慮深さを湛え、
何処にあろうと、誇り高く己を貫こうとする意志を抱く。
慎ましやかな『思い草』の如き姉とは異なる、強く気高く野に咲き誇る『想い草』の如き妹。
私が寄せた想いよりも、遥かに多くの想いを緋真から寄せられただろう『ルキア』。
真実を知らされることも無く、私に其の身一つで引き取られた・・・
・・・緋真の『光』、そして私の『誇り』。
心通わぬ苛烈な日々を、季節を、年月を越え、
全てを明らかにした今ならば、
緋真、
お前の想いを託され、私と共に分かち持つ、残された『誇り』と共に、
私は・・・此の身を薙ぐような秋風に、立ち向かう事が出来よう。
お前の想いを、お前の『光』を護り抜くために。
『思い草』と呼ばれる植物には幾つか種類があるのですが、今回はこの二つ。
左が南蛮煙管、右が竜胆。どちらも秋の野に咲く花です。
南蛮煙管はススキなどのイネ科植物の大株にの根元に寄生し、秋に慎ましやかな薄紅色の花を咲かせます。
竜胆はとても丈夫な植物で、高山帯のような厳しい場所でも咲く仲間が沢山あります。青紫色の凛とした花を開きます。
今回は、南蛮煙管を緋真さん、竜胆をルキアに見立ててみました。
(一応、兄様は尾花・・・ススキの大株でもいいのですが。書いた時は意識していたわけではないです。。。)
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