『雪うさぎ』
2.朽木家にて
それはルキア様が現世からお戻りになられた翌日のことでございました。
前日に降った雪で、朽木家の庭には銀色の景色が広がっておりました。
「ルキア様、如何なされましたか?」
その雪に埋もれてしまいそうな小さな後姿が、庭の隅にある雪吊りが施された松の下に御座いました。
大雪のために、その松の下も雪が白く降り積もっておりました。
「せ、清家殿」
「ホ、此れは・・・・」
ルキア様の足元には、小さな雪うさぎが。
「申し訳御座いません!!こんなところにこのようなものを作ってしまって」
「何を仰りますか。赤い南天の目の、大変可愛い兎で御座いますよ?此れを白哉様もご覧になったら」
「あの、兄様にはどうか内緒にしていただけませんでしょうか?」
私には、理由が分かりませんでした。
白哉様も、此方をご覧になられたら・・・きっと目を細められましょうに。
「何故でしょう?愛らしい雪うさぎではないですか。」
「きっと兄様は・・・このような童じみた真似はお嫌いでしょうから。
以前、兄様から『寒空の下、庭に出て凍えてまで童じみたことをする位なら、邸内にて書でも嗜むがよい。』と言われたのです。」
「ルキア様・・・」
それは、ルキア様が凍え震えているのをご覧になるのが辛かったからなのですよ。
そして、風邪をお召しになって、苦しくお辛い思いをするのが嫌だったからなのですよ。
翌日、ルキア様が出勤されたのを入れ替わるかのように、夜勤より白哉様がお戻りになられました。
御自分のお部屋に戻られる際、庭を見渡せる廊下の途中で・・・ふと足を止められました。
「清家、」
「如何致しましたか。」
「あれは、」
・・・そこから見えたのは、昨日ルキア様がお作りになった小さな雪うさぎでした。
よく目を凝らさなければ見えない位に景色に溶け込んでいたので御座いますが、南天でつけた赤い眼と、南天の葉で作った深緑の耳が・・・かろうじて存在を明らかにしておりました。
「あの娘の仕業か?」
「ええ。」
「体を冷やすような真似はするな、とあの者にも申したのに・・・言うことを聞かぬか。」
白哉様が発したお言葉は、以前と変わらぬものでは御座いますが、
その声色は・・・
「清家、あの者が庭に出る時はせめて厚着をさせるように、と侍女らに伝えよ。」
「御意。」
「それと、」
「只今戻りました。」
「おかえりなさいませ。」
ルキア様が勤務を終えてお戻りになられたのは夕刻。
とはいえ季節柄、夕刻とはいえ日も落ちて辺りは薄暗くなっておりました。
ですが・・・
「あの、清家殿」
「どうされましたか?」
「あれは一体・・・」
ルキア様が廊下をお通りになる際に見つけ、指差したのは・・・
昨日、ルキア様がお作りになった雪うさぎのある辺りで御座いました。
其処に、何かがうずくまるように・・・雪とは違う、暗い色の影が。
辺りが皆、雪の白さによって明るく浮き上がっているので、余計に其れが目立ちました。
「傍まで行って、ご覧になられますか?」
「え、ですが・・・」
「白哉様は今、湯殿にいらっしゃいます故・・・そっとお庭に降りられるなら今、でございですよ。」
私は笑いをこらえるのに必死で御座いました。
侍女らは既に羽織を準備しており、ルキア様が庭に降りられることを見越したように、真新しい雪下駄が用意されておりました。
また雪吊りの松の下まで・・・多少の雪が降ったので若干後から積もったものの、まるで松の下まで誘うかのように・・・雪を退けた道がうっすらと出来ておりましたから。
その道を辿った先の・・・雪吊りの松の下で、ルキア様が「あ、」と小さな声を上げられ、
それから・・・此方を振り返られました。
その時のルキア様の笑顔は、本当に愛らしゅう御座いました。
白哉様がご覧になられなかったのが残念なほどで、恐らく後程・・・私めに恨み言の一つでも仰いそうなほどの。
「ルキア様、如何でしたかな?」
「・・・あれは、一体何方が・・・」
「ご想像に難くないと思われますよ。」
― 雪囲い用の藁は残っていないのか?
― 直ぐに植木職人に確認させましょう。しかし其れを一体何に?
― アレを覆う。今宵は夜半からまた雪が積もるらしい。
兎も雪に埋もれては、寒さに凍えて風邪を引くやもしれぬ。
― ・・・御意。
・・・がっかりさせたくないのでしょう?ルキア様を。
折角の雪うさぎが、わずか一日で雪に埋もれて消えてしまうだろうことで。
― 清家、雪の兎が風邪を引くなどあり得ぬ、と思ったか?
― 多少は。
― ・・・何とでも思うが良い。
そして、再び雪うさぎを作ろうとしてルキア様が庭に長く留まりやしないかと
心配されていたのでしょう?
・・・あの時のように、身も心も、凍えてしまわないか、と。
実は白南天で『雪ワカメ大使』のオチも考えていたのですが、このままでいいと思ったので。。。
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