「何を持ってきたのだ。」
「薬湯で御座います。」
「そうではなく、その薬湯の横のもののことだ。」
「乾し棗がお体の優れないときには良い、と侍医に伺いましたので。」
「お前まで私に甘いものを口にさせようと言うのか。」
「お体のためです。口直しとはいえ、普通の菓子よりはずっと体に良いですし。」
『彼方の記憶、甘い迷信』
《 二、甘い迷信 ふたつ 》
ルキアが、先日より体調を崩していた私に、苦い薬湯と・・・口直しのための乾し棗を持ってきた。
甘味は好かぬが、口直しとしては干菓子よりは幾分か良い。
それ程に、この薬湯は大層苦いものであった。
・・・父が生前口にしていたものよりも薄めに煎じてあるらしいが。
成程、祖父も父の苦痛を少しでも和らげようと・・・棗を植えた気持ちも理解できる。
「それにしても、本当に兄様はついてないですね・・・折角の御誕生日ですのに。」
「余計な来客を断れるだけ良い。誕生日など久遠の時を生きる我らにとり、無意味な祝い事だ。」
「ですがささやかなお祝いさえ出来ない、というのはとても寂しいのでは、と。」
ルキアは至極残念そうに言った。
私が寂しかろうと思って口にしたのではなく、此の娘が寂しく思ったのやもしれぬ。
それを考えれば、重ねて『無意味な祝い事』などとは言えなくなり、日頃から饒舌とは言えぬ口が更に重くなる。
気まずい雰囲気を感じてか、ルキアは話を変えてきた。
「そういえば、侍医の先生が仰っておりました。」
「何をだ。」
「兄様は、このような乾し棗ではなくて・・・干す前の生の青い棗を口にされたことがある、と。」
「・・・確かに。」
少し空気が変わって安堵したのだろうか、
どのようなお味なのですか?と興味津々といった様相で私に尋ねるルキア。
私は、ふと・・・青い棗の実を食した時のことを思い出していた。
父上に、あの化け猫、そして緋真・・・・
・・・私に青い棗を勧め、共に食したものは・・・皆、私の傍にもう居らぬ。
多かれ少なかれ、私に影響を与えた存在ばかりだ。
一方で、ルキアを預けた経緯もあり、簡単に死なれては困るが故に『乾し棗が滋養に効くらしい』ということで裾分けした浮竹や、
四番隊で足りなくなった際に提供した時・・・品質確認と称して一つだけ口にした卯ノ花隊長は、今尚それなりに息災ではあろう。
確かどちらの時も、経緯を忘れたものの乾し棗を一緒に口にする羽目にはなった。
・・・まさか、棗にそのような、
・・・いや、それは有り得ぬ。
下らぬ偶然を、迷信として決して認めるわけには行かぬ。
そして、そのようなことを一瞬でも思い巡らせたことそれ自体、この娘に知られてはなるまい。
私が迷信を認め、信じ、畏れるなどといったことなど。
この娘の前では、常に私は・・・・
「お前は、食した事はないのか?」
「はい、もしかしたら・・・其れと知らずに口にしていたかもしれませんが。」
「ならば、今後は一切食わぬ方が良い。」
「何故でしょうか?」
・・・間髪入れず畳み掛けるような物言い、我ながら愚かだと思った。
だが、其れを止める事は出来なかった。
愚かしくも、それだけ必死だったのだろう。
「確かに青い実のままで赤く熟する前の棗も甘く梨のようではあった。
だがしかし青いままの棗の実は種も固く大きく食するところも少ないばかりでなく大量に食すると腹を下すこともあるらしい一方で熟するまで待ち干して乾燥させた棗はその実が薬として役に立つだけでなくお前の好むだろう菓子の材料にも用いられることもあり風味付けにも使われる上干すことによって風味も増しまた甘みも凝縮されるために砂糖を用いるよりも体にもよく・・・」
「・・・様、兄様!!」
「・・・何だ、」
「もう分かりました。とにかく生の青い実は兄様のお口には合わなかったのですね。」
ルキアは呆れたように笑っていた。
「何故、笑う?」
「よっぽど嫌な思い出があったのでしょうね、と思って。」
・・・嫌な思い出、などではない。
だが、お前に私の弱みや痛みを知られたくはない。
きっとお前は・・・もしも知ってしまったら、自分のことのように私の痛みを捉え、思い、愁えるだろう。
それだけは、あってはならぬ。
「とにもかくにも、兄様、薬湯を。」
そういいながら私に薬湯を勧め、苦々しい顔をしながら飲み干した私に乾し棗を勧めたルキア。
一つだけつまみ、口に含む。
・・・あの青い棗よりも、数段甘く、そして濃い味だ。
だが、体調が優れないためか・・・それでも幾分か、その甘みが快い。
もう一つ如何ですか?と乾し棗を勧めるルキアに、私は「甘味代わりに、残りはお前が食せばよい。」と言う。
やはり兄様は甘味がお好きでないのですね、と言うと・・・乾し棗を口に含み、ルキアは笑う。
・・・違う。
だがお前には理由を言うまい。
他愛も無い偶然に振り回される己の姿など、知られてはならぬ。
そしてその偶然が導き出す迷信に縋り付きそうになる、いや、今まさに縋っている自分の胸の内も。
「ルキア、何があろうとも今後熟しておらぬ青い棗は口にしてはならぬ、良いな。
私も二度と口にはせぬし、お前にも勧めぬ。ましてやお前と共に口にすることも無い。」
「・・・はい。」
理由を私にたずねることも無く、返事をしたルキア。
私が語らずとも、何かを察したのやもしれぬ。
語られることの無い、けれども其処にあるだろう、理由を。
偶然だと分かっていても、馬鹿馬鹿しいと我ながら思いながらも、尚、
これ以上は失いたくは無いのだ。
苦い薬湯の口直しに添えられた棗のような、
私の痛みを和らげる力の有る、この存在を。
「でも本当に残念です、兄様のお誕生日をお祝いできないのは。」
「・・・、
互いに息災でさえいれば、来年でも再来年でも、これから先も祝えよう。」
・・・そう、息災であれば、只それだけでよいのだ。
ちょっと切ないような暗いようなシリアスな兄様御誕生日『かきもの』になってしまいました。
ルキアと違って、何故兄様だと後ろ向きというか、回顧的というか・・・そういう雰囲気になってしまうのでしょうか。。。
もっとも、それだけ重いものを一人で背負ってきた方ではありますが。
ちなみに、右のが棗(なつめ)です。熟すると赤くなるのですが、
有る程度大きくなった青い実も生で食べることが出来るそうです。
勿論、青い実の迷信・・・というかジンクスは、このお話限定ですのでご安心ください。
(棗の花言葉:健康・貴方の存在は私の悩みを和らげる)
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