虹(1)

『誰がために虹は架かる』

 
 
(1)ある隊長の悩み相談 
 
「朽木、ちょっと相談がある。」
そんな声を私にかけたのは、意外な人物だった。
護廷十三隊の十番隊隊長、日番谷隊長その人である。
先日から臥せっている浮竹隊長の薬を(虎徹三席の代わりに)四番隊に取りに来たときのことで、
隊主室にいらっしゃる卯ノ花隊長の許へ伺うために廊下を進んでいたときだった。
日番谷隊長も、どうやら四番隊に書類を提出した帰りのようだった。
「わ、私にですか・・・?」
「ああ、間違いなく朽木、お前に相談がある。」
私に一体何の相談だろうか・・・もっと他に相談するに相応しい方は一杯いるのではないだろうか。
「えっと・・・あの、ちょっとこれから卯ノ花隊長の許へ伺わなくてはならないので」
 
その時、隊主室の戸がからり、と開いて・・・卯ノ花隊長が顔を出された。
「あら、お待ちしていましたよ、朽木さん」
「あ・・・も、申し訳御座いません!!」
「・・・あら、日番谷隊長と話しこんでいらっしゃったのですか。」
なにやら気まずそうに、日番谷隊長は顔を何も無い壁の方に向けられた。
「いや、別に。日を改めて」
「何か、思いつめられたご様子ですが・・・もしも宜しければ、私もお話を伺いますよ?
立ち話ではどうやら済みそうではないお話のようですし。
もっとも、私がいてはお話にならないようでしたら・・・話は別ですが。」
・・・このようなことを言われて、尚も「日を改めて」隊長抜きで話を出来る死神は早々いない、と思う。
つまり『私にも聞かせなさい』と仰っているに等しいのだ。
 
「はい。気分の落ち着く薬草を配合したお茶ですよ。」
ありがとうございます、と言って私は受け取ったが、日番谷隊長は手のひらの湯飲みを見つめたままだった。
「・・・それで、あの、お話というか・・・ご相談とは」
「朽木、お前さ・・・黒崎夏梨はしってるだろ?」
「ああ、知ってるも何も、一護の妹です。溌剌としていて元気な妹ですよね。」
「いろいろあって先遣隊として現世に行っていて、俺も一応・・・不本意ながらもあいつらと同年代という状況で生活をしたりしているわけだ、
・・・現世では。」
「ええ・・・まぁ・・・。」
「そこで、黒崎夏梨の友人らとも交流があるわけだ。」
「でしょうね。」
そこで、日番谷隊長の口が止まった。
「・・・あ、あの・・・」
「日番谷隊長、お茶を一口どうぞ。少しは気分が楽になって、お話ししやすくなるかもしれませんよ。」
ああ、と一言ぽそりと言うと、日番谷隊長はお茶を一口。
ため息を一つだけつくと、薬のせいなのか、落ち着いたのか再び話を始めてくださった。
 
 
話の経緯はこのような感じだった。
日番谷隊長が現世で小学生である夏梨らと一緒にサッカーをしていることは有名になりつつあるのだが、
そのメンバーの中に・・・近頃近しい者を二人も亡くした少年がいるという。
どうやら、彼は祖父と妹と3人で外出していた際に事故に巻き込まれ、妹と祖父が命を落としたのだとか。
本来であれば空座町は十三番隊の管轄地域であるが、その様な縁があるため・・・
浮竹隊長に相談し、日番谷隊長自らが二人を尸魂界へ導く役を請け負ったのだそうだ。
 
「それで、何故私に」
「お前は現世での活動機会も多いし、黒崎夏梨にも近かったから、手伝ってもらえたらと思った。土地勘も俺よりはあるだろう?」
「お手伝い、ですか?」
日番谷隊長ならお一人で余裕であろうと思ったが、どうやらそうでもないらしく・・・。
何度か少年の祖父と妹に魂葬を試みたらしいのだが、中々首を縦に振ってくれないのだと。
「確かにやろうと思えば無理やりにでも出来る。
だが相手は虚でもないし、ましてや俺にも縁のあるヤツのじいさんと妹だ。
何度か生前には顔も合わせたこともあるし、良くしてもらった。
出来れば丁重に導いてやりたいと思う。」
「そうですよね・・・。」
「それに、」
日番谷隊長はお茶を口にしてから、ふぅ、とため息をまた一つ。
「アイツ・・・ずっと落ち込んでいてさ。」
「アイツ、とは」
「その、じいさんと妹を同時に亡くした張本人だ。
なんで自分だけ助かっちまったのか、ってさ・・・自分が妹を護れなかったから自分が悪いんだ、とか、
自分を守ってじいさんが死んだから自分が悪いんだ、とか・・・自分をかなり責めてるらしい。
黒崎夏梨からもそういう状態を聞いているし、最近は塞ぎ込んでサッカーどころか学校にも来れない状況らしくてな。
何せ、事故に遭ったのは・・・サッカーの帰りだったらしい。」
「あ、そういえば偶にサッカーをしに現世に行ってますもんね。」
「別にサッカーだけをしに行ってるわけじゃねえ。
で、じいさんと妹とも俺は直接話をしたわけだが、そういう状態を傍で見ているから、安心して旅立てない、って。
このまま念を現世に残していてもいいことは無いし、虚に襲われる可能性だってある。
何とかそんなことになる前に二人を此方に連れてきたいんだが。」
 
「では、お二人が安心して此方に来られる方法があればよいのですね。」
「卯ノ花隊長、何かご名案が?」
一部の方から『策士』と評されている卯ノ花隊長だ。何か思いつかれたのだろうか。
「お二人は日番谷隊長のお友達でいらっしゃる少年が心配で離れられないのでしょう。
そうであるならば・・・その少年が何か、心の拠り所といいますか、前を向くきっかけといいますか・・・
少しでも顔を上げられるような何かがあれば・・・それを日番谷隊長が提供して差し上げることができれば、お二人も安心なさるわけですよね。」
「きっかけ、か・・・サッカーは今のアイツには逆効果だろうし・・・。
他に何か・・・・」
ふと、思い当たるような節があったような顔をされた。
「そういえば、じいさんは手品師だと聞いた。
生業としていたわけじゃないらしいが、ぼらんてぃあ、というものでよく披露していたらしい。
アイツ、爺さんの手品が大好きだって俺にも言ってたな。
サッカー以外であいつの好きそうなものっていったら、其れか。」
「手品、ですか・・・。」
「そうだ・・・今度手品でじいさんが虹を見せてくれるんだって、
そうだ、そんなことも言っていた。
『じーちゃんに虹を手品で見せてよって頼んだら、任せろって言ったんだ』と。
アイツは何故か虹が好きでさ、馬鹿みたいに雨上がりの虹を見ると・・・靴が泥だらけになるのも気にしないでグラウンドに走って出て行っていた。
でもそんな話を聞いた直後に事故に遭ったと言っていたから・・・じいさんの虹は見てねぇだろうな。」
「でも確かに虹というのは・・・理由は分からなくとも見つけるとこう・・・わくわくするというか、嬉しくなるものじゃないですか。
そんな虹がお好きならば、では、お爺様に代わって手品で虹とか・・・お爺様の整から方法を伺って」
「どうやって出すんだよ朽木。」
「え?」
「お前、虹だぞ虹。あんな馬鹿デカイもの、どうやって作るんだ?
だだっ広いグラウンドに水撒きして『はい虹です』なんてやるつもりか?」
「え・・・」
「しかも手品ってのは、大体が室内でやるもんだぞ。確かに屋外でやるものもあるが・・・」
 
「あら、屋内だろうと屋外だろうと、方法はあるかもしれませんよ?」
「は?」
「本当ですか?卯ノ花隊長!!一体どんな・・・」
「いえ、私にはどうにも出来ないのですが・・・どうにかできる方がいらっしゃるかも、ということです。
元々、そのお爺様も何らかの形で手品で虹を披露されようとなさっていたのでしょう?
そうであるならば、方法はいくつかあるのではないでしょうか。
ただ、私には残念ながらその方法が思い浮かばないため、他に出来る方にお願いしてみては、ということです。」
「それって・・・。」
「涅隊長に、お話してみては?」
 
「えええええええ??????????」
 
流石の日番谷隊長も、そして私も叫んだ。
「いや卯ノ花隊長、それはちょっと・・・」
「涅がそんなことに手を出すなんてありえねぇし、何せ今回の件はきっかけも何もかも俺の個人的な事情であって、」
「ならばどうして『個人的な事情』で朽木さんにお手伝いを頼もうと?」
「いや、その・・・朽木だったら黒崎夏梨と近い存在だし現地の土地勘もあるから、一緒に説得してもらったり・・・
あとは頼みたくはないが浦原ともツテがあるから、」
浦原のツテ・・・そこで私に相談を持ちかけた理由が納得できた。
日番谷隊長も結構現世に行かれているので、土地勘はあるはずなのだから。
「浦原の・・・それで私に相談を・・・ということだったのですか。」
「・・・すまない。」
「いえ、私は構いません。ですが流石に浦原でも手品グッズは用意できても虹という自然現象まではどうにもならないんじゃないかと・・・。」
「いえ、彼ならどうにかできるかもしれないでしょうね。ちょっとした細工を加えた偽の虹から、空に描くような自然現象に近い虹まで、
なんでもやろうと思えば出来るかもしれません。」
「卯ノ花隊長??」
「ですが、其れを逆手にとって・・・涅隊長を動かすことも出来るかと思いますよ。
ただ、それには少々根回しが必要ですので、1日だけお時間を頂けますか?
ちょっと心当たりがあるのですよ。彼を動かすだけの。」
・・・何をお考えなのだろうか、卯ノ花隊長は・・・。
 
 
日番谷隊長は少しだけすっきりされた顔をして、四番隊を後にされた。
私はその後も残り、卯ノ花隊長から薬を受け取った。
「あの、卯ノ花隊長・・・」
「何か。」
「何故、あのようなことを?
それに、卯ノ花隊長には直接的には関係のないお話ですし・・・。」
「・・・無理やりにでも魂葬をしようと思えば出来るでしょうに。
それを敢えてしないというのは、お二人のこともあるでしょうけれど、何よりも現世でのお友達のことを思ってでしょう?
その心根は、貴女も買ってあげたいと思うでしょう?」
「ええ、まぁ・・・夏梨の遊び友達でもありますし。でも、」
「四番隊は身体の安瀞だけでなく心の安瀞も提供する場所。
そのために相談に乗るのも、四番隊の勤めかと。現世で最近耳にするという『カウンセラー』というものに近いかもしれませんね。
その際に伺って・・・寧ろ今回は首を突っ込んでしまいましたが、お話の中から何か為しうる可能性が見出せたというのに
それをお伝えも出来ず、また力にもなれないのはあんまりです。」
「・・・・」
「それと、朽木さんに手伝いをお願いした理由にもありましたが・・・浦原さんのこと。
おそらく彼が朽木さんに相談に来たのは、黒崎夏梨さんに近しいということもあるでしょうけれど、浦原さんのツテを重く見ていたからでしょう。
ですが、浦原さんがあまりにも表立って動くと、恐らく此方(瀞霊廷)側が警戒するかと思います。
ただ手品を披露するだけなら、浦原さんでも大々的な動きなどしなくて済みますが、手品程度の種明かしで済むような仕掛けで
虹ができるならともかく・・・もっと大掛かりなことをお爺様がされようとしていたのならば、ちょっと問題があります。
浦原さんにとっても、相談を請け負う事は可能でしょうけれど、これから先のことを考えると・・・動きにくくなるような事態になったら大変ですから。」
「それで涅隊長を・・・って、ですがどうやって」
「ふふ、それは秘密です。明日までのお楽しみに。」

 

(2)へ続く

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