『誰がために虹は架かる』
(2)策士、動く。
翌日。
伝礼神機で呼び出されてた私と日番谷隊長は、四番隊に来ていた。
「さて、行きましょうか。」
にっこり笑って、席を立たれた卯ノ花隊長・・・斬魄刀以外に何かを持っているというわけでもなく、しいて言うならちょっとした手土産。
・・・最近隠れた人気が明るみになった、四番隊名物『薬膳饅頭』のみ。
結構美味しいと評判だったのだが、人気が出たので品薄になってしまった代物である。
「う、卯ノ花隊長も同行されるのですか??」
「本当は秋刀魚があったらよかったのですが、時期が少々早いので。」
「いや、四番隊隊長が自らそんな」
「首を突っ込んでしまったのは私ですし、何よりも・・・面白そうですし。」
「え、そんな・・・・」
慌てふためく私たちをよそに、其れはとても楽しそうな卯ノ花隊長・・・。
「・・・で、四番隊隊長と十番隊隊長が直々に来られて、私に一体何をしろと?」
「ですから、現世で虹をつくってほしいのですよ。天候に関係なく見せられるような。
事情は先ほどからお話している通りです。」
「何をバカなことを言っているんだネ君たちは。寝言は寝て言いたまえヨ。」
やはり、という展開だ。
だが、卯ノ花隊長も負けてはいない・・・というか、凄く穏やかな笑顔を保ったまま。
「・・・あら、私は冗談ではなくて本気でお願いに来ておりますの。」
「良いかネ、私は忙しいんだヨ??
そんなキミ達の茶番に付き合っている暇なんて無いんだよ。
たかが現世に残っている整2匹のため如きに・・・。」
「あら、そのようなことを仰って。」
「大体だネ、そんな虹の研究をして一体何になるんだネ?
もっと虚研究になりそうな材料ならばともかく、」
「・・・そうですか、ならば仕方ありませんね。
浦原さんにお願いしましょうか。
彼ならば、何のこともなく2つ返事でやってくれそうですからね。」
・・・禁句だ。禁じ手だ。
涅隊長の前で尚も禁句を言えるのは、総隊長を除いてこの方だけだと思う。
しかもにこやかに笑って平然と!!
「卯ノ花隊長、今、何と仰ったかネ?」
「浦原さんにお願いしましょうか、と申し上げましたよ。
ね?日番谷隊長、朽木さん?」
笑顔を保ったままで、卯ノ花隊長は後ろに控えていた私たち二人のほうを振り返った。
「ああ・・・そう聞こえた。」
「そそそそそうですね・・・・」
日番谷隊長は目を伏せながら、そして私は目を泳がせながらそう応えた。
「キミ達、その名を私の前で出して只で済むと思っているのかネ???」
「涅隊長ではお話にならないのであれば仕方ないでしょう?
この尸魂界で右に出るものは無い技術力をお持ちであり、かつ、完全など愚の骨頂と仰りながら常にありとあらゆる事象に関心を持たれて研鑽を積まれていらっしゃる、研究者の鑑とも言うべき涅隊長に不可能はない、と思っておりましたが・・・。」
「私はその様な暇は無い、と言ったのだヨ。たかが虹ごときに。」
「たかが虹と仰いましたが、その光学現象の分析の中にも対虚用に開発できる技術があるかもしれませんのに、勿体無いことをなさりますね。
私は研究者というものは、ありとあらゆるものに対し常に可能性を見出し、探求するものだと思っておりましたが、どうやら涅隊長はその様な研究者として立派な器のある御方ではなかったようで。
少なくとも、初代技術開発局長のほうがそういった可能性を探求する器はございましたよ。」
「卯ノ花隊長、貴女といえどモ」
「そうそう、それと・・・先日技術開発局から追加予算の申請が出されていたようですが・・・
ここ最近の技術開発局は此れといった成果も公にされておりませんし、一方で施設の爆発事故やら何やらの修繕費がかさんでいらっしゃるようですよね。」
「それが一体貴女の話とどんな関係があるというのだネ?」
「昨日当局に問い合わせてみたところ・・・その追加予算はどうやら否決される予定だそうです。
透明性もなく、また成果も公に出してこないようなモノに対して予算は出せない、とのこと。」
「・・・何だって??」
「勿論、直ぐに成果が出ないものもありますし、それはやむをえないとは思いますが・・・今回涅隊長が申請されたものに関しては余りにも透明性がない、とのことですから。
通常の予算内でどうにかされるように、との回答が予定されているそうです。
ですが、今回の私たちの相談にご協力いただけるということであれば・・・今回申請された額には及びませんが、若干の追加予算の決裁について当局に掛け合うことも可能ですし、協力することをお約束致しましょう。
あと、念のため。
・・・私や・・・私が理事を務める女性死神協会の力を、あまり甘く見積もられませんように。」
「良かったですね、涅隊長が請け負ってくださることになって。」
無事に何事もなく、私たちは十二番隊を後にした。
「・・・あんなに肝を冷やしたことはねぇ・・・。」
「本当ですよ、無事に十二番隊から生きて戻れるかヒヤヒヤしましたよ!!」
昨日とは別の意味でぐったりとしていた日番谷隊長と私は、ちょっと楽しそうな卯ノ花隊長の後を付いて行った。
最後の一言は、絶対に『脅し文句』に匹敵する破壊力があると思う。
「あら、そうですか?
・・・私は必ず涅隊長がやってくださると確信を持って、ご相談に伺いましたが。」
「それは卯ノ花隊長だけが抱いた確信ですから!!」
本当に穏やかな御顔の下にどれだけのものを・・・いやこれ以上は言えまい。
「しっかし・・・想像以上の根回しというか、調査というか・・・工作というか・・・・」
「何がともあれ、良かったじゃないですか。
あとは現世で虹を披露する台本ですが・・・良いことを思いつきました。」
もの凄く嫌な予感が過ぎったのは、私だけではなかったはず。
思わず日番谷隊長と顔を見合わせた。
「手品師役も、涅隊長にお願いしてしまいましょうか。
折角開発した技術ですから、御自分で一度は披露されたいでしょうから。お姿も何だか手品師のようですし。」
「いやでも現世でそんなことは」
「此方とあちらでは、もしかしたら何らかの違いがあるかもしれませんし・・・調整も必要でしょうから。
あの方に『失敗』などというものはあってはならないことでしょうしね。たとえ虹一つでも。」
まぁ、涅隊長の性格からしたら、失敗作を何処であろうと披露するなんていうことは許せないだろうけれど。
しかし・・・此処まで大掛かりになるなんて、私も・・・何よりも日番谷隊長も思わなかったであろうと思う。
浦原に頼めば・・・出来たとは確かに思うが、大々的には出来なかったろうな。
本当に『ちょっとした小細工』というか・・・一護や井上らと一緒に学校というものに通っていたときに見た、ぷりずむ、という小さなものを用いたものくらいしか、私には想像できなかった。
あとは、水撒きのときに見られるものとか・・・一度だけ現世で見た、黒い紙に硝子の小さな玉(ビーズらしいのだが)が無数に貼り付けられたものを『ぷりずむ』や『雨粒』に見立てて、それに光を当てて虹を出すというものもあったか。
もしかしたら其の者のお爺様はそれらを使って何かをされようとしたのやもしれぬが、それでも虹というには少々難がある・・・
・・・綺麗だが、虹というには小さすぎる。
手品というよりは、それこそ科学の実験、美しいと思うだろうが・・・手品と比べれば、わくわく感は少ないかもしれない。
「・・・さて、お二人には一度四番隊に戻っていただきましょう。」
「え?」
「もしかしたら・・・何かをされている可能性がありますからね。確認しましょう。
解毒剤も直ぐに調合できますし。
もっとも、『何か』出来るようならば追加予算の折衝と引き換えに今回の話を受けてくださることなんてないでしょうけれども。
『何か』をされた段階で追加予算はなかったことになるに等しいですからね。」
「ま、確かに冷瀞に考えればそうだな。敢えて危険な事はしないだろうし、そんな馬鹿なことはするような奴じゃねぇからな、涅は。」
私は、疑問に思っていたことを卯ノ花隊長にぶつけてみた。
「卯ノ花隊長、本当に予算って・・・。」
「私は、はったりや偽計を用いて交渉を進めたりはしませんよ。すべて本当のことです。」
「そんな情報をどうやって?」
「確かに普通は入手できないよな、そんな情報。」
私たち二人が不思議がっていたので、卯ノ花隊長は少しだけ教えてくれた。
「先日、十二番隊および技術開発局から追加予算の申請が出ていて、会計部門の担当者が頭を抱えていたこと偶々知っていたのです。
決裁は降りないことは分かっていても、其れをそのまま回答したら命の保証は無いかもしれない、と仰っていましたから・・・十二番隊に何をされるか分からない、と。」
「そんな命の保証って・・・。」
「ですので、全額は無理としても少額であれば予算を通して頂けることを条件に、私が交渉役を引き受けたのです。」
「其れを偶然知って、交渉役を引き受けるってのが・・・不自然だろうよ。
卯ノ花隊長には何の得もねーだろ。」
「・・・偶然とはいっても、女性死神協会の追加予算折衝をさせていただいた際の担当者が、十二番隊の追加予算の担当でもあった、それだけですよ。
・・・女性死神協会の予算も通して頂けることも、条件に追加して交渉役を行っていたのですよ。」
「やっぱりそういうことか。」
「ですが、私も純粋に虹を見てみたいですし・・・どうせならお爺様と妹さんにも安心して欲しいでしょう?
日番谷隊長のお友達が前向きになって元気になってもらって。
それに虚になってしまうよりも、此方には整のままで来ていただけたほうが、私たちにとっても都合は良いでしょう?
二人だけであろうとも。色々な思惑はありますが。」
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