虹(3)

『誰がために虹は架かる』

(3)現世にて。

「よぉ冬獅郎!久しぶり!!」
「おぅ・・・。」
 
俺はアイツに虹を見せるべく、現世で活動を開始した。
例の如くサッカーをいつも行っているグラウンドに行ったものの、やはりアイツは来ていない。
久々に俺を見つけた黒崎の妹・・・黒崎夏梨が小走りで近づいてきた。
「今日はサッカーやってくだろ?」
「いや、今日は・・・」
「え?やらないのかよ?ここまで来て。」
「いや・・・その、だな・・・アイツはあれから来てるのか?」
ああ、といったまま、黒崎夏梨は少し俯いた。
「・・・来てないのか。」
「そうなんだ・・・やっと学校には来るようになったけど、サッカーにはまだ来れないみたいだ。」
「そうか。」
「でも、冬獅郎が来たって知ったら、アイツも」
 
「あの、悪いんだが・・・練習が終わったら、アイツの家まで連れてってくれねーか?」
「え?知らなかったのか冬獅郎。」
「ああ、実は知らない(アイツのじーさんたちと話をするのは事故現場だからな。)」
怪訝そうな顔をしながら俺を見ていたが、何か思うところがあったのか・・・。
「いいけど・・・アイツの家に行って何するんだ?」
「いや、ちょっと伝えたいことがあってさ・・・。」
「?」
「アイツのじーさん、手品やってたろ?」
「ああ!!あたしも見たことあるけど凄かった!!」
「アイツ・・・じーさんが手品で虹をだしてくれるんだって嬉しそうに話をしていたんだよ。
・・・そんなアイツとじーさんの話を知り合いの手品師にしたら、
『私が代わりに虹を見せて進ぜようじゃないかネ』ってさ。
じーさんの虹と比べたら違うもんかもしれないし、アイツにとって元気になるきっかけになるかどうかもわからねぇけどよ・・・。」
「マジ??虹をマジで出すのか???」
「・・・そう言っていた。
ただ、アイツのじーさんと違ってかなり奇抜な格好をした、ピエロみたいな手品師だが・・・。」
 
俺と黒崎夏梨の話が気になって、他の連中も集まってきた。
「あ!冬獅郎じゃねーか!!」
「本当だ!!」
「一緒にサッカーやってくだろ??」
「いや、今日はこれからちょっと用事が・・・」
「なんだよ~!!」
ブーイングの中、黒崎夏梨が、
「なぁ、冬獅郎の知り合いの手品師が、虹を手品で出せるんだって!!」
「え?マジか??」
「嘘だろそんなの!!」
「いや・・・俺もどうかなって思ったんだけれど、アイツとじーさんたちのことを話したら・・・『代わりに虹を出そうじゃないか』って。」
「どんだけいい人なんだよその手品師!!」
「すげぇじゃんその人!!」
・・・手品師の詳細と、虹を出すことになった経緯を知らなければ・・・涅も『いい人』として見られてしまうのだろうか。
何も知らないというのは、幸せでもあり恐ろしいことだとも思う。
「で、ちょっとその件もあってこれから別のところに行くから、今日はサッカーできないんだが・・・後でアイツの家に連れてってもらって、
手品を見ようって誘ってみようかと。」
「じゃあ練習終わったら俺たちも行くよ!!」
「アイツ、学校以外で最近は会えないし・・・学校でも何にもしゃべらねーし・・・。」
 
・・・何だかんだで騒がしい奴らだけれど、コイツらは本当にアイツのことを心配しているのが伝わってくる。
そんな奴らが付いてくるのを断れるほど、俺は強くは無い・・・いや、それは強さというのだろうか。
取りあえず、サッカーの練習が終わったら小学校の正門前で集合する約束をして、俺はある場所へ向かった。
 
 
「おい、元気か・・・って、変な話だよなユウレイに。」
俺が足を進めて向かったのは、事故現場。
そこに、アイツのじーさんと妹がいる。べつに其処に縛られているというわけでは無いらしいのだが、俺が現世に来るときには、
決まって何故か此処にいるのだ。
「相変わらずじゃよ、死神さん。」
「一応、土産も持ってきたんだ・・・そこの小さいのにはお菓子もな。」
事故現場近くの電柱には、花束や供え物が多くあった。
それらの傍に、俺は持ってきた土産を置く。
ふと視線を横に移すと・・・そこに真新しい花束と、二人に宛てた手紙のようなメモがあった。
「・・・アイツ、来たのか。」
「ああ。昨日・・・あの日以来初めて此処に来てくれての。」
「そうか。」
・・・そのメモには、虹の絵が描かれていた。
「虹・・・」
「あの子に、見せてやれずじまいじゃった。」
「虹って・・・本当に手品で出来るものなのか?」
「まぁ室内じゃから・・・スクリーンに仕掛けをしての。でも綺麗な七色を出す事はできるんじゃよ?」
 
・・・本題を、切り出す。
「あのさ・・・俺の死神としての仲間で、虹を披露出来るかもしれないヤツがいるんだ。
多分当日は、手品師の格好をして・・・手品として虹を見せてくれることになると思うんだ。
それでさ・・・そこに、アイツを連れてって・・・見せてやりたいんだ。」
「・・・・」
あいつのじーさんは、話の続きが分かっているかのように、穏やかな顔をしていた。
だが、正直・・・切り出し辛かった。
「・・・その虹をみて、あの子が少しでも前を向いて元気をだしてくれるようになったなら・・・
ワシとこの子と、一緒に死神さんのお世話になることとするかのぅ。」
「え・・・」
そんなあっさりと・・・。
いや、もっと未練とか、そういうのは無いのか??
「ワシもこの子も、あの子が心配でたまらなくてのぅ・・・だから此処におった。
じゃがの、あの子が元気を出してくれるならば、ワシらも大丈夫。
・・・な?お前も・・・兄ちゃんが元気になってくれたら、一緒にお世話になっても大丈夫じゃよな?」
「・・・ちょっと怖い。」
「まぁ、確かにちょっと痛いらしいとは聞くが・・・未練がなければないだけ痛みも少ない、という話も聞く。
ただ、このままでいても・・・もっと力の強くて・・・こっちじゃ悪霊と呼ばれている奴に襲われてしまうだけだ。
それは俺にとっても、アイツにとってもきっと辛いことだと思う。
だから、兄ちゃんとはお別れになってしまうし、辛いと思うが・・・俺が責任を持って、行くべきところに案内するから・・・。」
「大丈夫じゃよ。
この死神さんは、兄ちゃんのお友達じゃ・・・。」
 
・・・友達・・・・
 
「お兄ちゃんの、お友達?」
「そうじゃ。お前のお兄ちゃんのお友達じゃ。
兄ちゃんを元気にしてくれるんじゃと。じーちゃんの代わりに、兄ちゃんに虹を見せてくれる人を見つけてくれたんじゃと。」
俺は、アイツの・・・友達なのか・・・。
「私も虹、見たい。」
「・・・一応、動く事はできるんだろ?此処から。」
「まあ・・・」
「じゃ、見に来てくれよ・・・アイツが本当に元気になるかは正直分からねぇけど。」
「お邪魔することにしますかの。」
 
 
「遅いぞ冬獅郎!!」
・・・小学校の正門には、ほぼグラウンドにいた奴ら全員が待っていた。
「・・・・」
「何だよ、そんな驚いた顔をして。」
「いや・・・こんなにいるとは思わなかった。」
そう言った俺を見て、こいつ等は逆に不思議そうな顔をした。
「アイツとは学校以外で会わないし、家からも殆ど出てこねーし。」
「心配なんだぜ。これでも。」
さぁ行くぞ!!という声で、連れ立って歩き出した。
呆然としている俺の背中を押したのは、黒崎夏梨。
「ホラ冬獅郎、ぼけっとしてないで行くぞ!!」
「あ、ああ・・・」
「何だよ、お前が最初にアイツの家に行きたいって言ったんだろ?」
「いや・・・何であんなに沢山・・・」
「友達だからだよ、みんな。あたしやお前も含めてな。」
「俺も・・・?」
「当たり前だろ??」
 
さらりと『当たり前だ』と言った・・・。
 
先を進むあいつらが、「おいていくぞ!!」と叫ぶ。
「走るぞ冬獅郎!!」
 
 
アイツの家の前まで来て、アイツの部屋があるという2階に向かって名前を叫ぶ。
・・・少しだけ、カーテンが動いた。
だが、それ以降・・・窓が開くことも顔が見えることも無かった。
家の呼び鈴を押すと、アイツの母親らしい人間が出てきた。
俺たちが来たことに驚いていたようだが、アイツを呼ぶために一度室内に行ってくれた。
しばらくして・・・アイツが出てきた。
俺が一緒にサッカーをしていたときと比べて、本当に元気が無い・・・整よりも。
皆が「またサッカーしようぜ」「早く元気出せよ」と声を掛ける中、俺は中々話を切り出せずにいた。
じーさんの虹じゃない虹で、元気になんかなれるのか・・・この状態で・・・。
そのとき、黒崎夏梨が、
「そうそう、冬獅郎がさ、ビッグニュースを持ってきたんだぜ?な?」
「??」
その声に「あ、そうだった!!」「すげーんだぜ??」と口々に皆が言う。
俺も、一瞬のためらいを振り払い、口にする。
 
「あのさ、俺の知り合いの手品師が・・・お前のじーさんの話をしたらさ、『代わりに虹を出そうか』って。
じーさんの虹とは比べものにならねぇかもしれないけどよ・・・。」
「・・・虹・・・?」
「ああ、虹だ。お前の好きなアレだ。」
「・・・いいよ・・・虹なんて・・・・」
 
・・・だろうな、とは思った。感じてはいた。
じーさんたちに供えた花束に付けられたメモに描かれた虹の絵はともかく、今こいつが家から出てきたときの様子からして、
虹なんて見上げる余裕なんてないと。
だが、
「まぁそういうなって。みんなアンタのこと心配してんだぜ?」
黒崎夏梨がそう言うと、他の奴らも・・・神妙な面持ちながらも、強い目でアイツを見つめていた。
これもまた、友達、というものの持つ力なのか?
「とにかく、嫌だといってもアンタのことを連れて行くから覚悟しろって。
もしかしたらアンタのじーちゃんや妹も見にくるかもしれないじゃん、ユウレイになって。」
「え・・・?」
「かもしれない、って話だよ。」
 
 
一応、手品のお披露目会の日程だけ伝えて・・・また改めて迎えに来ると言って俺たちはアイツの家を後にした。
「なぁ、冬獅郎。」
「何だ。」
「あたしたちも見ていいんだよな、虹。」
「ああ・・・ただ、手品師・・・ピエロみたいだから度肝を抜かれるかもしれねぇな。」
「手品師らしくていいじゃん!!そんな手品師なら、本気で虹を出しそうだな!!」
「俺は手品を見たこと無いから楽しみだな~!!」
益々大掛かりになってきたが、卯ノ花隊長曰く『大掛かりになったら・・・ぼらんてぃあで手品をしている方が学校のレクリェーションでやってきた、という記憶として操作すれば良いでしょう。』と言っていた。
・・・その辺は、卯ノ花隊長に任せることにしよう。
 

虹(2)へ戻る / 虹(4)へ進む

テキストたち11へ戻る