虹(4)-1

『誰がために虹は架かる』

 

(4)マジシャン・マユリ(前編)

そして当日。
私は外出する旨を清家殿と従者に言って朽木家の玄関を後にした。
兄様には特に何かを伝えるという事はしていなかった。伝えるような話でもないな、と思ったので。
四番隊の前で現世に向かうメンバーが待ち合わせをしていた。
手品師として披露するお立場である涅隊長は、現世の手品師や道化師も驚くだろう程に・・・何時にも増して度派手な、もとい華やかな衣装を身に纏っておられた。
手品の助手として涅ネム副隊長も同行されるとのこと。
日番谷隊長は今回の発端でもあり、ご友人のお爺様と妹さんの魂葬を行うためもあって現世に向かうことになっていたし、
私も・・・ご相談を受けた縁もあって魂葬をお手伝いするために現世に同行することになっていた。
大掛かりな手品を行う際には手伝い要員としても動けるだろうし。
だが・・・。
「あの、卯ノ花隊長がいらっしゃるのは例によって理解できるのですが、何故浮竹隊長も??」
そう、そこには卯ノ花隊長のほかに・・・浮竹隊長も居たのだ。
一応約束の履行を確認しなくてはならないだろう卯ノ花隊長の同行は分かるのだが。
「私が付き添いで現世に向かうので同行は不要ですよ、と申し上げたのですが・・・。」
 
どうやら、浮竹隊長は「偶には日番谷隊長の『おとうさん』も必要だろう?勿論日番谷隊長は立派な隊長だが、現世ではさすがに少年だからね・・・保護者が偶には顔を出さないと怪しまれるだろう?」というノリで同行を決めたらしい。
一応、空座町を管轄とする隊の責任者でもあるが・・・そういう趣旨ではなく、あくまでも父親役としてのノリらしい。
差し入れも持っていかなくちゃな、と、浮竹隊長が指を指した先にはお菓子の山。
「しかしながら浮竹隊長、先日まで床に臥せって療養されていたはずですし、お体の具合はまだ・・・。」
言葉を続けようとしたが、それを止めたのは日番谷隊長。
「朽木、それ以上は言うな。」
「え?」
「世の中には、言わないことがいいこともある。」
 
 
穿界門を抜けると、既に遠くからであっても・・・大勢の者が集まっているのが見えた。
「ほぅ、現世の人間達も暇なものだネ。だが私の作品を披露するならば観客は沢山いたほうが良いからネ。」
結構涅隊長も乗り気のようではある。
今回の件で、涅隊長ご自身にとっても予算の件以外で何か得られるものがあったのだろうか。
・・・遠くから見える会場には舞台のようなものは一切無かった。
「あの、これでは手品を披露する舞台はどのように」
「君は私を誰だと思っているのかネ?
大体、現世の人間どもがこしらえる小細工のような舞台など、私がこれから披露しようとしている作品らの迫力になど耐えられないヨ。
・・・ネム、人間どもに披露するために準備に取り掛かるとするかネ。」
「はい、マユリ様。」
「あの、手伝いなどは・・・」
「そんなモノは不要だヨ。せいぜい足手まといにならないよう、諸君もあっちで待っていたまえ。」
しっしっ、と猫の子を払うようなしぐさをされてしまったので、にこやかに私たちを促す卯ノ花隊長に従って私たちはあの集団の方に足を進めた。
 
「あっ!!冬獅郎!!ルキア姉ちゃんも!!」
「久しぶりだな、夏梨。」
私と日番谷隊長を見つけて、夏梨が駆け寄ってきた。
「あとで遊子も来るって!!・・・って、後ろの人は・・・・」
「いや、その、」
日番谷隊長がまごついていたとき、
 
「やぁ!冬獅郎がいつもお世話になってると聞いて!!」
「いつもこの子がお世話になっていますね。」
「・・・ぉいっ!!!」
 
手を軽く挙げて朗らかに笑う浮竹隊長と、その傍でにこやかに笑う卯ノ花隊長。
「え、もしかして・・・冬獅郎のお父さんとお母さん???」
花梨の声に、サッカー仲間と思われる小学生達も振り返った。
「マジ??冬獅郎の父ちゃんと母ちゃんが来てんの??」
「わ、冬獅郎と同じ白髪じゃん、お父さん!!」
「すっげー優しそうな母ちゃんだな!!」
「ちょ、お前ら、あのな」
必死に誤解を解こうとしている日番谷隊長の抵抗もむなしく、
「みんな元気だなぁ、やっぱり子どもはこうでなきゃ!!冬獅郎も元気にみんなとサッカーしているのかい??」
「あら、これは何時怪我したの?大丈夫?」
「そうだ、皆に差し入れを持ってきたんだ。お菓子と飲み物だ。こう暑いと喉も渇くからな!!」
「みなさん、気分が悪くなったら直ぐに言ってね?」
・・・お二人とも、完全に、両親になりきっている。
最初は唖然とした顔をしていた日番谷隊長も、仕方ないな、という半ば諦めの表情を浮かべていた。
「日番谷隊長・・・?」
「きっと今日だけだからな、たまには。」
 
「あ、そういえば・・・その、今回の発端となった方は」
「あ、そうだアイツ・・・・」
「アイツなら、ほら、そこにいるよ。ちゃんと来たんだよ・・・。」
夏梨が指を指したところに、彼はいた。
グラウンド横の芝生の貼られた場所・・・木陰になっていたのだが、そこに座っていた。
「でも、やっぱり・・・みんなの輪の中には入ってこねーんだよ。」
「それでも来ただけ進歩じゃねぇか。」
「まあ、そうだよな。」
私がふと木陰の方に目をやったとき・・・あれ?と気付いた。
思わず、日番谷隊長をつつく。
「日番谷隊長、あれは・・・。」
「・・・あ、」
・・・木陰の彼を挟むようにして、小さな女の子と、おじいさんが座っていた。
「あのお二人が、あの子のお爺様と妹さん・・・なんですね。」
「ああ。」
「ということは、今日の試みが上手くいったら・・・・」
そう、今日の試みが上手く行ったら・・・お二人を・・・・
「朽木、悪いが手伝ってもらうぞ。一緒に同時に送ってやりたいからな。」
「・・・ええ、分かりました。」
 
 
しばらくして・・・
『お集まりの諸君、大変待たせたネ!!』
という声がスピーカーも無いのにグラウンドに響き、直後に閃光が走った。
「うわっ・・・・」
何が何だか分からず、私と日番谷隊長は思わず身を竦める。
「・・・派手にやるなぁ、涅隊長は。」
「そうですわね。」
・・・何気に準備のいい『両親』は、サングラスのようなものを持ってきていて・・・しっかりと掛けていた。
どうやらその閃光の中で、涅槃ネム副隊長がステージの設営を猛スピードで行っていたらしい。
「ここまで本気を出されるとは。ふふふ。」
「でも彼らしいじゃないか。やるからにはトコトン本気でぬかりは無い。」
そうして光が収まったあと、顔を上げれば・・・
グラウンド上に大きな舞台が出来上がり、涅隊長が真ん中に悠然と立っておられた。
舞台自体は厚さの無いシンプルなものだが、四方に柱を立てた結界のようなものに囲まれていた。
このようなものをお一人で準備される涅ネム副隊長は本当に凄まじい。つくづくそう思う。
そして、あのド派手・・・もとい、華やかな衣装と化粧にも、小学生たちは度肝を抜かれていたようだ。
夏梨も「なにあのオッサン・・・。」というくらいだったのだから。
(強いて言うなら、ドン引き、という言葉が相応しい。
あのドン・観音寺も張り合うどころか逃げ出すんじゃないかとさえ思う。)
「では諸君、さっそく始めようじゃないかネ。
取りあえずは色々と見てくれたまえヨ。君たちにも楽しめるようなモノを準備してきたつもりだヨ?」
 
その言葉は嘘じゃなかった。
流石にタネなしにしか見えない人体切断(流血は無かったし、お相手が涅ネム副隊長だったから色々と仕込めたのだろうけれど)には
ドン引きしたが、それ以外は皆楽しんでいた。
涅隊長が右手をサッと振れば・・・何も無かった無機質なステージ上に大輪の花々が咲き誇り、
指をパチンとはじけばステージ上に猛獣が現れる。
その猛獣も、涅隊長に襲い掛かるところで悲鳴が上がったものの・・・隊長が「フンッ」という笑いとともに左手をサッと縦に振り下ろせば
愛らしい小鳥達になって飛び立っていってしまった。
結界の中で弱めの虚まで出現させたときにはちょっと驚いたが、其れを斬魄刀で切り伏せる姿も見せてくれた。
もっとも・・・それはリアルすぎるホログラム映像を結界の中で映し出したものであり、本当の虚を呼び出したわけではないのだが。
(研究用に虚の破片を持ち帰っていらっしゃるので、其れを使って画像を作り出したようだ。)
地獄蝶(恐らく現世の子どもらにはクロアゲハにしか見えないだろうけれど)のパフォーマンスもあって、どういう仕掛けになっているのかわけも分からず、首をかしげながらも両手を叩いて笑う子どもら・・・。
ただの手品ではない、現世で『イリュージョン』と呼ばれるものに近いものが、青空の下で繰り広げられていた。
しかし、彼の少年は・・・木陰から遠巻きに見つめるだけ。
 
「日番谷隊長・・・。」
「ちょっと行ってくる。」

 

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