『誰がために虹は架かる』
(4)マジシャン・マユリ(後編)
「おい、近くで見ないのか?」
「・・・・」
「皆もいるし、近くで見たほうが凄いぞ。」
俺が近寄ったとき、遠巻きに見ていたコイツ・・・。
膝を抱えていた手を取り、立たせようとした。
だが、立とうとしない・・・傍に座っていたコイツのじいさんと妹が心配そうに見つめている。
「みんな待ってるぞ。」
「いいよ、僕はここで・・・・」
「何でだよ、折角来たんだろ?」
「・・・・」
「これからアノ手品師が虹も出してくれるし、」
「嘘だろ・・・虹なんて出せやしない。分かってるよ。」
「え・・・」
「じーちゃんだって、本当に空に掛かる虹なんて出せやしないって分かってた。
でも僕が我が侭で虹を見たいって言ったんだ。」
「・・・・」
「それでも偽の虹でも、じーちゃんは見せてくれるって言ってくれたんだ。
じーちゃんは手品は出来るけれど、魔法使いじゃないから・・・分かってたよ、本当の虹を作って見せてくれるなんて無理だって。」
俺は、思わずじーさんを見た。
ただじっと、じーさんは優しい眼差しでコイツを見ていた。
「でもあの手品師のオッサンは、本当にじーちゃんの代わりに」
「もういいんだ虹なんて!!」
「何でだ??」
「僕が我が侭を言ったから、じーちゃんも妹も事故で死んじゃったんだ。
僕が余計なことを言ったから・・・虹が好きだとか、虹が見たいとか、そんなことを言ったから!!」
「そんなことはねーだろ、」
「事故の時だって、サッカーの時に雨が降ってきたからそのまま練習が終わって、迎えに来てくれたじーちゃんと妹と一緒に帰ってて、
妹の手を引きながら僕が虹の話をしていて、そうしたら雨が止んで、空に虹が出てて、
嬉しくて青信号だったし虹を見上げながら横断歩道を渡ろうとして、車が来ていることに気付かなくって・・・それで・・・・」
「・・・・」
やっと分かった。
・・・コイツ・・・何で『・・・いいよ、虹なんて・・・』と、あの時に言ったのか。
事故で落ち込んでいて虹を見上げる余裕が無かったわけではなくて、虹そのものが事故と結びついていたのか・・・。
サッカーも、虹も・・・自分の大好きなものが、忌まわしい記憶と一体化していたんだ。
でも、やっぱりコイツは大好きなはずなんだ、虹が。
だから・・・描いたんだろ、花束に添えたメモに。
「あのさ、そんな状態じゃじーさんや妹も心配するぞ。
大体じーさんも妹も、お前のせいで死んだんじゃない。青信号で突っ込んできた車が悪いだろ??」
「心配なんてしてない。きっと怒ってる。うらんでる!!」
「じゃ何でお前と妹を庇ったんだよじーさんは。うらんだり怒ったりするようなヤツを普通庇うか??」
その時、
「キミかネ?虹を見たいと言っていたのは。」
涅が俺たちの前に立っていた。
「ひっ・・・」
流石にコイツもびっくりしていた。というか、引きつっていた。
「私の他の作品も満足に鑑賞もせずに虹だけを見せるのも不愉快だがネ、致し方ない。
これから最後の傑作を見せて差し上げようじゃないかネ。
さ、諸君ら、立ちたまえヨ。」
涅隊長が、膝を抱えたままのもう片方の手を引っ張り上げようとする。
「嫌だ!!虹なんて大嫌いだ!!見たくも無い!!」
全力で抵抗したコイツに、思いもよらない言葉が降り注いだ。
「君は何を勘違いしているのかネ?」
「え・・・?」
「この虹は確かにキミに見せたいからという頼みが発端となって作ったが、
私としてはキミみたいな五月蝿い小僧を慰めるために準備したわけじゃないヨ。」
俺も、耳を疑った。
「この虹は、そこにいるジジイと小娘の未練を断ち切るために出すのであって、
ビービーギャーギャーとむやみやたらに泣き叫ぶ貴様みたいな小僧の為になどと考えた事は無いネ。
つまり、小僧、貴様はオマケだよ。」
「く、涅・・・」
「小僧、貴様がそうやって何時までも五月蝿くぎゃーぎゃーと騒いでいると迷惑なんだヨ。
貴様には理解できないだろうが、我々の下らない仕事が増えるだけなんだヨ。
大体、今回の件も貴様の横にいる整2匹・・・いや、現世ではユウレイというのかネ?
そいつらが虚・・・悪霊になる前に行くべきところに連れて行かなきゃならないから願い事を叶えてやらなきゃならなくなったのだヨ。
その願いというのが、面倒なことに現世の五月蝿い小僧のご機嫌取りのために虹を出せ、というものだっただけだヨ。」
「・・・ユウレイ・・・じーちゃんと妹、いるの??」
「君はそんなことも気付かずに居たのかネ?
私が作品を披露しはじめる前から、ずっと君の傍に居たようだネ。
・・・つまり、君はそういう情けない姿をジジイと小娘に晒していたわけだ。」
「涅、その言い方は無いだろ。」
「私は何一つとして間違ったことは言っていないヨ、そうだろう?
日番谷隊長、君にも二人が見えているはずだからネ。」
「だから涅!!」
「・・・冬獅郎・・・じーちゃんたち、見えてるの・・・?」
「じーちゃんは此処に居るの?妹は??」
「・・・いるよ。というか、ずっといたよ・・・お前の横に。」
「どんな顔してる?僕のこと怒ってる?」
「・・・今、悲しい顔をしてる。」
俺の目に映っていた二人の表情を、俺は率直に伝えた。
そう、心配そうな・・・悲しそうな顔をしていたから。
「お前のこと、じーさんも妹もずっと心配していたみたいだ。
だから、お前の大好きな虹をみたら元気になるかもしれないって。
お前が元気なところを見ることが出来たら、天国にちゃんと行くって・・・。」
「そんな・・・。」
「フン・・・貴様みたいな聞き分けの悪いガキに何を言っても無駄だと思うがネ、
貴様のジジイも妹も、もう現世では生きていけない身なんだヨ。
だがネ、貴様みたいなどうしようもないヤツがいるから現世に残るだのなんだのと我が侭を言って、
いずれは虚・・・化物に変化して大暴れして危害を及ぼす存在になっていくのだヨ。」
「じーちゃんや妹がそんな化物になんてなるわけない!!」
「何も知らないくせに気勢だけ張るんじゃないヨ、小僧!!」
「・・・っ!!」
「・・・あら・・・手品師自ら彼を迎えにいったと思ったら・・・。」
「どうしたんだろうね、冬獅郎も手品師さんも・・・。」
「ちょっと様子を見てきますか、私・・・」
「いえ、このまま様子を見ましょう、朽木さん。」
「そうですか・・・?」
「日番谷隊長はこういうときに冷静でいられる方ですから・・・。
それに、涅隊長も・・・現世の生身の人間には手を出せないはずです。」
「そうやって貴様みたいのが現世に縛り付けておくからどんどん手間が増えるんだヨ。
仮にジジイと小娘が化物にならなくとも、化物に食われる可能性もあると考えたりはしないのかネ?」
「く、食われるって・・・・」
「読んで字の如く、食われるのだヨ。
力のないユウレイは、悪霊と化した化物のエサになるものでネ。
貴様のジジイと妹も、力の無いユウレイだ・・・つまりエサだ。
このまま放って置いたら・・・後は愚かな貴様でも言いたい事は分かるネ?」
「じいちゃんたちが・・・エサ・・・・」
「貴様はジジイと妹が食われると分かっていて尚もそうやって未練がましくメソメソギャーギャー騒いで縛り付けて、
自分に、この世に縛り付けておくことが出来るかネ?
貴様の大事なジジイと妹がそんな目に遭うのを望むかネ?
貴様のような小僧にも出来ることは、せいぜいジジイと妹が無事に旅立てるように顔を上げることくらいじゃないかネ?」
「・・・・」
「・・・もっとも、今の貴様にはそれすらも出来ないだろうがネ。
残念ながらジジイと妹の願いも叶わないわけだ。
せいぜい、見えも感じも出来ないジジイと妹のことでも考えながら泣いているが良いヨ。」
「おい・・・涅・・・・」
「まあ良い。
・・・取りあえず、約束どおり虹だけはお披露目しようじゃないか。
折角用意したものは、披露しなければならないからネ。成果はある程度公表しなくては予算も下りまいヨ。」
「あら・・・戻ってきましたね。」
「何があったんだろうな・・・。」
「諸君、大変お待たせしたネ。
では、私の最後の作品だヨ。この空に、これでもかというくらいの虹を架けようじゃないか。
普通は虹の端なんて見えないだろう?今回は虹の端っこを特別に見せて差し上げよう!!
・・・その前に、何か杖代わりになる良いものは無いかネ?
ただ手を振るだけでは詰まらないし、ただの杖も詰まらないからネ。」
ー貴様はジジイと妹が食われると分かっていて尚もそうやって未練がましくメソメソギャーギャー騒いで縛り付けて、
自分に、この世に縛り付けておくことが出来るかネ?
貴様の大事なジジイと妹がそんな目に遭うのを望むかネ?
貴様のような小僧にも出来ることは、せいぜいジジイと妹が無事に旅立てるように顔を上げることくらいじゃないかネ?
その時、アイツが・・・
「そこの、紫の花・・・・」
「え・・・・」
「そこの紫色の花がいい。」
「・・・何か渋いな。
けど、俺に言っても意味ねーぞ。叫べよ、此処からでもいいから。」
すくっと、アイツは立ち上がった。
両隣に居たじーさんと妹も、驚きながら見上げていた。
「手品師さん!!ステージの右端に映えている杖みたいに長い紫の花を使ってください!!
今年庭に生えた花の中でも、妹が好きな色の花だったから!!」
「・・・おや小僧、叫べるのかネ・・・。
ただ膝を抱えてメソメソと未練がましく泣くしか能が無いのだと思っていたヨ。」
「・・・あら、あの花は・・・。」
「どうしました?卯ノ花隊長・・・。」
「アイリス・・・という名前ですよね。菖蒲の仲間の。あの花の意味をご存知なのかしら?」
「虹の花かネ。そして死者に手向ける花・・・。
小僧・・・貴様は本当に下らなくて訳が分からなくて面白い奴だヨ!!!」
涅隊長はステージの右端の・・・結界として張られていた柱の傍に咲いていたアイリスの花を引き抜いた。
花をステージ上に満開にさせたときに咲いたものの一つだと思う。
そして、その引き抜いたアイリスの花に手を翳し、キラキラとした光を纏わせると・・・
勢い良く槍を空に投げ上げるように、アイリスの花を力いっぱい投げ上げた。
「うわぁ・・・・」
投げ上げた軌道に沿って、大きな虹が描かれた。
しかもアイリスは放物線を描いて地に落ちてしまったが・・・虹はぐんぐん空を昇る。
結界の外だというのに、その力は衰えるどころかどんどん増していくようで、
雨も一滴も降らない青空に、それはとてもとても輝いて・・・・
ステージの傍は、大歓声に包まれていた。
「見たかね諸君、これが私の本気だヨ!!」
俺は、アイツの顔を見た。
アイツは・・・自分でも気付いていないんだろうけれど、目に涙を溜めながら空を見上げていた。
そして・・・その横で、じいさんと妹も・・・。
・・・アイツが、顔を上げている・・・。
それだけでも、久々に見た光景だ。
勿論、心まではどうにかなるもんじゃないって分かってるが・・・。
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