『Le caprice des grenades~柘榴綺想曲~』
3.7個目の柘榴、半分この柘榴(後編)
「あの、兄様・・・」
「何だ。」
「柘榴のことを、一体どこから・・・」
「・・・恋次がお前からもらったという浮竹の柘榴の話をしていた。
奴はお前と竿を使って、柘榴を採っていたという話もしていた。」
「柘榴のことは、やはり恋次からでしたか。
・・・きっと兄様のことですから、甘い柘榴など口にはされぬし興味をお持ちになどならないと思って、
恋次に柘榴のことを話して、少し分けたのです。
なので、正直驚いています。兄様が柘榴を口にされていること。」
「・・・何を口にするかしないかは、私の勝手だ。お前の考えることではない。
それが辛かろうと、甘かろうとだ。」
「すみませぬ・・・」
「・・・(兄様が甘いものを本当に食べていらっしゃる・・・)・・・・」
「・・・食べぬのか?」
「い、いえ・・・頂きます。」
「・・・おいしい・・・です・・・はい・・・」
「そうか・・・なら良い。」
-食べてるときのあいつの顔、口が真っ赤で血だらけに見えて・・・―
「・・・兄様?・・・あの・・・
・・・私の顔に何かついておりますでしょうか?」
「血だらけというよりは、紅を注したかのようだな。」
「???」
「恋次が言っていたのだ。
お前が柘榴を食べると、口が真っ赤になって血だらけのようにみえた、と。」
「昔は鬼みたいだといわれたものです・・・ひどい言いようですよね。」
「・・・その柘榴の紅も、たまには良かろう。」
「・・・兄様・・・?」
「本物の紅は、まだお前には早すぎる故。」
「それほど柘榴を好むなら、私の分も食すといい。足りぬならまた私が取ってやろう。」
「え、そんな、兄様のお手を煩わせるような・・・」
「・・・お前は危なっかしくて見ていられぬ。
またよろけて私を座布団にするつもりなのか?お前は・・・」
「兄様もまた、ひどい仰りようです・・・」
-・・・ふふふっ
「・・・、・・・なぜ笑う?」
「ここまで言われてしまっては、笑うよりほか、無いではないですか。」
「全くもってお前は・・・」
「それに、お小言、というより、先ほどからずっと、
・・・どうやら兄様にからかわれているみたいですから、私・・・。」
「・・・・」
「考えてみたら、兄様とこんなふうに過ごすことって、今まで無かったですよね。
兄様があんなことをなさるなんて、思いもしませんでした。」
「・・・私とて、竿を振り回すような、愚かな真似など、」
「ですが、私がよろけたとき、とっさに兄様に助けていただいたり、兄様を「座布団」代わりにしてしまったり・・・
・・・滅多にないことばかり。」
「それはお前が情けなくもよろけた故。」
「柘榴をお召し上がりになっているのも、本当に珍しくて。
・・・兄様は甘いものなど召し上がらないと伺っていたのに。」
「先ほども言ったはずだ、私が何を口にするかは私が決めることであって、」
「しかも、お屋敷に戻ってからではなく、ここでお食べになって、
・・・同じ柘榴を半分に分けたものを私に分けてくださって。」
「このような野趣溢れるものを屋敷に持ち帰ったところで、食べる気など起きぬ。」
「恋次から聞いた話を確かめようとされて。」
「私はあ奴と違って、鬼だとは言っておらぬが。」
「・・・私のことをいつまでも子どもあつかいなさる。」
「子ども扱い、か・・・
・・・私は、お前の幼い頃の姿を知らぬ・・・そう、知らぬのだ・・・・」
「兄様?・・・」
「仮に、知りたいと望んでも、もはや叶わぬ。
あの場所でお前がどんな風に暮らし、笑い、悲しみ、怒り・・・生きてきたのか。
過酷な場所でも、お前が生きてきた日々の中に喜びがあったのかどうかさえも私は知らぬ。
・・・そう、私は何も知らぬのだ。
お前は・・・失い続けた私に残された、たった一人の『家族』だというのに。」
「兄様、私も兄様のお小さかった頃のお姿をこの眼で見ることは出来ませんし、
私は・・・姉様のお姿さえも、この眼で追うこともできませぬ。
仮に望んでも、どちらも叶わぬことです。」
「・・・だが、私はお前から目を背けていたのだ。
今までも、お前を知ろうとなどしなかった。
何も知らされずに私に引き取られ、辛い思いをしてきたお前ならばともかく、
叶う叶わぬはともかく、今更望むことそれ自体、私には許されぬのやもしれぬな。」
「知ることが許されるのか否かそれを望むことが許されるのかどうか、
それは私には分かりませぬ、ただ・・・
・・・少なくとも私には、素敵な思い出が一つ増えたような気がします。」
「・・・ルキア、」
「兄様のあんなお姿を拝見する機会など、早々ございませぬから。」
「・・・・」
「でも、やっぱりひどい仰りようです。」
「お前が危なっかしいのは事実、私は事実を言ったまでだが?」
「ですが・・・、
・・・お心遣い、ありがとうございます、兄様。
柘榴、すごくおいしいです!」
「・・・、
・・・構わぬ・・・。」
-どんな豪華な着物や飾りを与えても喜ぶ顔など見せなかったお前が、
このような裏庭の柘榴一つ採ってやることだけで破顔するとは。
・・・今までも、幾度と無く、中々手には入らぬ『それ』を求めていたのだがな。-
-『それ』は、過去のお前だけが持っていたのではなく、今私の目の前にいるお前も持っていたのに、
・・・なぜ、今まで気付いてやれなかったのだろうか。
これからでも、遅くはない、だろうか・・・?-
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