「・・・さま、兄様・・・・」
気付けば・・・心配そうに私を見上げるルキアの顔が私の目に映った。
「・・・兄様、泣かないで・・・」
「・・・泣かないで・・・とは・・・」
「兄様、ご自分が泣いていらっしゃるの・・・お気づきではないのですか・・・?
・・・一体どうされたのですか・・・?」
ルキアはそういって私の顔に、目に手を伸ばそうとしていた。
私自身、気付かなかったが、目をぬぐえば、確かに。
・・・私は、泣いていたのだ。
ー・・・お前の其の手は、私の涙を、拭おうとしているのか?
お前に酷い仕打ちを与えた、この私の・・・?
ルキアから伸ばされたその手を、そっと私の頬に触れさせようとした。
・・・理由は分からない・・・只、触れさせたかった、触れて欲しかったのだ。
だが、私の手はたやすくルキアに届く距離である筈なのに、ルキアの手は私に届かない。
思わず私は、起こしていた上半身を、ルキアのほうに寄せた。
この娘がどんなに努めても届かぬなら、私のほうがこの娘に合わせて動けば良い。
今までも、そうしてやれば良かったのだ・・・
ようやく小さな手が、私の頬に触れる、私の瞼に触れる・・・
その小さな手から流れ込む温かさに耐え切れなくなるのを恐れて、私は歯を食いしばっていた。
その温もりが流れ込むのを、求めていたはずなのだが。
「やっぱり、泣いてもいいです、兄様・・・」
柔らかな声色が、私の耳に響く。
それはまるで、春の雪解けを促す日の光のようでもあり、
暖かな風のようでもあり。
「今迄の兄様に何があったのか、私はほんの僅かしか、まだ存じ上げませんが・・・
ご自分を抑えなければならない位に、きっとお辛いことが沢山あったのでしょうね。
ずっといつも、たったお独りで耐えてこられたのでしょう。」
「ルキア・・・」
「ですから、やっぱり・・・泣いてもいいです、兄様・・・・
ただ、私は兄様と比べてちっぽけな存在ですから、
私では兄様のことを受け止めて差し上げるには、到底足りぬかもしれません。
それでも宜しければ・・・私は、」
この生を受けてから久しいが、様々な事が確かにあった。
それでも私はその置かれた立場故、常に動じることなくあろうとした。
思えば・・・涙を流したのは、大事なものを失って以来。
そして今、それと等しいくらい大事なものが、目の前にいる。
・・・一度は奪われることも、自らの手で切り捨てることも、己の心を捨てる覚悟で決心した・・・
けれども、先日の病で失うことだけは決して覚悟など出来なかった、それ程までにいとおしい位に。
「・・・っ、」
思わず、ずっと私の頬に伸ばされていた小さな手を引っ張る。
私のほうに引き寄せられ、宙にふわりと浮いたルキアの肩を、背を支え、
確りとこの腕に掻き抱き、身を起こす。
・・・私は、ひたすら・・・私に抱き起こされて膝立ちになったこの娘に縋り付いていた。
だが、この時までは・・・己の感情を、尚も如何にか抑えようと努めていた。
しかし、
「・・・兄様・・・大丈夫です。
今日、お約束したばかりじゃないですか。
私は兄様の、隣りに、傍に・・・
・・・ここにおりますから。
私は、もう・・・兄様を置いて何処にも行きませぬから・・・」
その春風のような、日の光のような声色が引き金だった。
山々に長年降り積もり融けることの無かった雪が融け出し、その水が一度に流れ込んだ川のように、
私の涙も感情も、最早留まること、耐えることを知らぬ濁流のようになっていた。
・・・そのような私をなだめ、静めるかのように、
私の髪を、頭をそっと撫でるこの娘の温もりが、
私のこの有様に更なる拍車をかけているなどとは・・・当の本人には、分かるまい。
ー・・・すまぬ、ルキア・・・
・・・だが、今日くらいは・・・お前に甘えても、良いか?
私にとっても、今宵は『中間の日』なのだから・・・
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