「・・・ルキア・・・?」
雪解けの濁流のように溢れ続けた私の感情を受け止めてくれたこの娘は、
膝立ちの状態で、泣き疲れた私の頭を胸に抱きながら
・・・いつしか眠ってしまっていた。
見上げたその寝顔はあどけなくて、けれども内には強さを秘めたよう。
私の髪を撫でていた其の手も滑り落ちることもなく、
・・・今も幼子を抱くかのように私の頭に置かれたまま。
流石に此の侭では、私もルキアも体が冷えてしまう。
かといって私も・・・この腕から離してしまうことなど考えられなかった。
ーほんの僅かな時でも構わない、今だけは・・・ー
眠ったままのルキアをそっと抱き上げ、私の寝具に横向きに寝かせる。
私も布団を肩まで掛けながら・・・ルキアの隣りに添うように体を横たえた。
だが・・・
ー もう少しだけ、ルキア、お前に・・・ ―
私は眠るルキアの腕をそっと持ち上げ、その華奢な腕の中に滑り込んだ。
そして先程までのように、確りとこの娘を掻き抱く。
この娘の胸に再び抱かれたの私の頭は、すっぽりと布団に覆い隠された。
それはまるで、この娘に私が、包み込まれ、護られているような・・・・
いや、それも強ち間違いではなかろう、な。
「お前を護るどころか、私はお前に護られているな・・・心を壊す多くのものから」
あるときはこの目に捉えるのさえも哀しみに飲み込まれそうで恐れた存在。
だが、今は、こうして目の前に、隣りに、傍に在り続けてくれることを願わずにいられない存在。
そして何より・・・お前は、
私をこの世界に留まらせてくれる存在であり、私の世界に再び温もりを、光を与えた存在。
そう、お前に向かって口にこそ出さないけれども。
ー・・・私は、ここにおりますから・・・ー
「ルキア、お前がここにいてくてることに、礼をいう・・・」
夜中に目が覚めたルキアは、自分に縋り付くように眠る義兄の腕から抜け出そうとする。
・・・が、どうやら無理な様子。自分の寝具に戻るのを諦め、そのまま眠ることにする。
自分をしっかりと掻き抱く様は、あの日身を挺して庇い、崩れたたときのよう。
―あの時、本当に、兄様が来るとは思っていなかったし、
もしかしたらこのまま私は死んでしまうのか・・・と思ってしまった。
けれど、もともと生き続ける意味を見出せずにいたから、
それも構わない、と心の中では思っていた。
・・・けれど、
あの時、自分に向けられた視線・・・視線だけで顔を向けてくれたわけではなかったけれど、
それでも、ルキアの目に飛び込んできたのは、いつもの冷徹な義兄の姿はなかった。
・・・視線の先にあったのは、義兄が生来有していた、己の意思をむき出しにした熱い部分。
声に出さずとも、その眼差しに込められていたのは、確かに自分を護ろうとした義兄自身の意思。
―いつだって、兄様は私を見ていてくれた。
それを表に出さないだけで、気付けなかっただけで。
兄様が私を見てくれないと思ってから、私も兄様を見るのを止めたのだ、
私から、放棄したのだ・・・・。
「ずっと護ってくださっていたのに・・・
・・・兄様・・・私は何も気付けなかった。」
ーあるときは、畏怖さえ感じた。
・・・永久に距離の縮められぬような存在だと思っていた。
けれど今は、私の有りの侭を受け止めようとしてくださる。
そして・・・私に有りの侭の感情を包み隠さずに見せてくださった。
なのに・・・・
ごめんなさい、とつぶやこうとして、ふと・・・ルキアは義兄の顔を見やる。
・・・自分の腕の中で眠る義兄の顔は、とても穏やかだった。
見つめているうちに、悔やむ気持ちが何故か和らいでいく。
ルキアは、穏やかな義兄の寝顔に、ふっ、と微笑みながら・・・
謝罪ではない言葉を、その唇から紡ぎ出した。
「兄様・・・・・・私は、兄様が・・・ここにいてくださることが、嬉しいです・・・」
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