食事後に、昨日の夕餉と同じように、私にはお茶を、ルキアには生姜湯を出させた。
それを飲み終わった後、私はルキアをそっと傍へ呼び寄せた。
「これを、お前に。」
「・・・私に、ですか?」
「うむ」
この娘は、包みを開けた瞬間、どのような顔をするか・・・正直不安では、あった。
が、包みを開けたその瞬間、私の目が捉えたのは、破顔したルキアの顔であった。
ルキアの小さな手の中にあったのは、
包みから出されたばかりの、兎の蒔絵が施された小さな懐中時計。
「・・・お前と私、共に同じ時を刻み、歩めるように。
お前は兎を好むようだと見立てたが・・・
・・・間違いでは無かったようだな。」
私の懐には、流石に兎の柄は入っていないものの、柄と若干の大きさ以外は全く同じ時計があった。
「兄様と、私が・・・共に同じ時を・・・」
「私とお前は、確かに、今迄も同じ月日を過ごしてきた。
だが、すれ違いや過去の様々な経緯があり、恐らくお前と私とでは、
時の流れの感じ方が違っていただろう。」
「・・・・」
「だが、少しずつでも・・・お前と私が、同じ時を重ね、感じられたなら・・・・」
昔は、流れるときが疎ましく、永遠に止まればよいとさえ思っていた・・・
実際、私は流れの速さを感じることもなく、私の時間が止まったままのようだった。
だが、今は、流れる時間が駆け抜けるように早く、そしていとおしい。
・・・暦の上で指を進め数えた、私とお前の間に横たわる日々の『中間』を一つに重ねることは出来なくとも、
これから先に続くだろう流れる時を共に重ねていけることが、
これほどまでに嬉しいものだとは思わなかった。
・・・そして、そう思わせてくれたのはルキア、お前なのだ。
・・・哀しいかな、
お前に、『誕生日おめでとう』といった歯がゆいような事はどうも言えぬが、ただ・・・
お前が生まれ、此処にいてくれることへの感謝だけは・・・昨晩、眠るお前に伝えたときのように、
幾分かではあるが、素直に言えるような気がしたのだ。
・・・正しい祝いの言葉では無いかも知れぬが、許せ、ルキア。
思うに、誕生日なるものは、ある者が生まれてきた『その日』を記念日として祝うだけではなく、
其の者が生まれてきたことを『祝えること』に感謝をする日でもあるのだろう。
この世界に生まれ、息災でここに在って・・・自分に幸福なときをもたらすような存在。
そのような存在の大事な日を祝えるのは、決して当たり前のことではないのだ。
・・・それは嫌と言うほど痛感している。
確かに、お前の生まれた日に祝い、お前が生まれてきたことに感謝することは出来なかったが、
それでも、私とお前の間に横たわる溝を埋めるように暦の上の日々を数え、
その中間である昨日も今日も、お前と共に在ることができる。
そのような日々に、お前がいてくれることに感謝が出来る。
本来であれば何も無い平凡であるはずの日々が、これほどまでに愛おしい・・・。
・・・『中間の日』も、悪くは、ない。
懐中時計を胸元できゅっと握り締め、にこやかに笑うルキアの目から零れ落ちる涙が
日の光に当たり、金剛石のように輝いていた。
「・・・うれしいときにも、涙って、出るものなんですね・・・」
「その涙なら、何度でも流すが良い・・・何度でも私が拭おう。」
「・・・兄様のは、また・・・私が拭って差し上げても、宜しいですか・・・?」
「・・・私はお前ほど頻繁にあのような姿は見せぬが・・・其のときには、構わぬ。」