御萩

 

『彼岸のデジャヴ』 (前編)
 
・・・そう、何十年前の話だったかな。
まだ海燕も都も存命で、朽木も漸く隊に慣れてきた頃だったから、彼此ざっと50年くらい前の話だ。
 
その日は彼岸で、墓参りのために休暇を取った隊士たちも多かったんだ。
それでもやはり休めずに出仕する面々がいて。
そんな面々のために、都がおはぎを作って振舞おうと言いはじめたんだ。
・・・俺も参加しようとしたんだけれど、あっさりと都に追い出された。
 
「おはぎ作っている途中で吐血されても困るし、
それに材料の中に血が混ざったらどうするんですか!!
桜餅じゃあるまいし、ピンク色のおはぎなんて嫌ですよ!!!」
 
都を先頭に、おはぎを作るために隊士たちが集められ・・・其の中に朽木もいた。
隊の雰囲気に慣れてきたとはいえ、なじめたかどうかというのは別の話だ。
・・・こういう機会に少しでも他の者と親しくなれたら、と思っていた。
 
「・・・騒々しいな。」
 
小一時間くらいして、白哉がやってきた。
・・・わざわざ霊圧を消して。
 
「悪いな、炊事場で隊士たちがおはぎを作ってるんだよ。」
 
・・・その時、
 
「お!!ぼたもち!!!」
 
隊舎に戻ってきただろう海燕の声が聞こえてきた。
更に炊事場は賑やかになった。
 
「ちょっと海燕、何いってるの??此れはおはぎよ、ね~?清音、ルキア。」
 
その言葉に、茶に手を伸ばそうとしていた白哉が・・・一瞬だけ手を止めた。
 
「あ、そうそう、朽木も手伝わされてんだ。
隊士たちへの差し入れとして、おはぎをつくろうって話になってな。
お前んちじゃ炊事場なんかに立たせないだろうに・・・悪いな。」
「・・・隊の職務としてであれば、私が口を出すことではない。」
 
「ぼたもちは、牡丹の花が咲く春に作るからぼたもちで、
おはぎは、萩の花が咲く秋に作るからおはぎなの。
・・・だからこれは『おはぎ』。まったくもう海燕は・・・。」
「でも作り方も中身も一緒だろ?おはぎもぼたもちも。なぁ朽木。」
「・・・まぁそうですけれど・・・多分。」
「もう!!ルキアを困らせないの!!」
 
炊事場から賑やかな声が聞こえてくるのを、白哉は黙って聴いていた。
だが、
 
「そうだ朽木さん、お家に持ち帰ったら?」
「え?清音殿・・・」
「あら!そうねルキア、こんなに沢山、一生懸命作ったんだもの。
お家に少し持ち帰ったらどう?
ルキアが一生懸命につくったものなら、」
 
「あ、でもよ・・・お前の兄貴、甘いもん食わねーって聞いたことあるけど・・・。」
 
海燕の一言に、炊事場の声がしーん、と静まり返った。
・・・黙って聞いていた白哉の眉が、ぴくりと動いた。
 
「ちょ、ちょっと海」
「・・・そうでしたか。」
 
その静寂を破ったのは、都の声と・・・朽木の声。
 
「教えてくださって有難う御座います、海燕殿。」
「朽木さん・・・」
「確かに、お屋敷で兄様が甘い物を召し上がるところを目にしたことも無ければ、
兄様が甘い物を好むといった話も耳にしたことも無いのです。
・・・恐らくは海燕殿の仰るとおり、甘い物を好まれないのでしょうね。」
「で、でもな朽木」
「そもそも・・・私が作ったようなものを口にされることなど有り得ませんから。
万が一甘い物を口にされるようなことがあったとしても・・・屋敷には多くの料理人がおりますし、
其の方々が御作りになられる料理のほうが遥かに、」
 
兄様のお口に合うでしょうから、という消え入りそうな朽木の声が聞こえてきたとき、
すっと白哉は立ち上がっていた。
 
「浮竹、邪魔をした。隊に戻る。」
「お、おい・・・。」
 
・・・結局其の年、おはぎは隊の中で全て食べつくされたんだよな。
 
「・・・なんであんな事を言ったの?海燕」
「アイツの兄貴、此処に来てたんだよ・・・雨乾堂に。
朽木に気付かれないようになのか霊圧消していたけれど、僅かながらには分かったからな・・・。」

「まさか・・・わざと朽木隊長に聞こえるように?」
「俺に妙な対抗意識というか、何というか・・・変なモン持ってんだろ?アイツ。
だからわざと俺がああいう風に言えば、逆にその対抗意識が出て意地でも食うんじゃないかと・・・。」

「でも、ルキアの性格考えて言ったの?」
「そこは・・・正直言って、誤算だった。」

「此処ではやっと少しずつ打ち解けてきてくれたけれど、
あの子は・・・あの朽木隊長とは何にも変わってないし、自分では変えることさえ許されないんだから。」

「・・・しっかし、あんな朽木の顔・・・見たくないもんだな。
自分の義妹にあんな顔をさせているっての、アイツ分かってんのかな。」
 
 
 
其の年以来、春の彼岸には牡丹餅、秋の彼岸には御萩を作るのが恒例行事になっていた。
それは都や海燕亡き後も・・・。

 

 

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