『芳しい、疑惑』

 

 

 

ルキアが、消えた。

言葉の通り、「忽然」と・・・・

 

文机の上には、筆で書きなぐられた書と、萎れたしゃがの花。

いや、書きなぐられたという状況のものではない。

そこに文字など無かった、あったのは筆をぶつけ墨を撒き散らしたような残骸だけであった。

 

霊圧を探るも、屋敷の中にもおらぬ。

いや、瀞霊廷の中にもおらぬやもしれぬ。

気配が何処にも無い。

 

清家に問うても「存じ上げませぬが」の一言。

恐らくはルキアが一時的に外出していると思っておるのやも知れぬ。

余計な事は言わぬ方が良かろう。

 

「清家、茶でも持て。」

「御意。」

 

自室に篭り、幾ばくかの時が過ぎ、芳しい香りが漂ってきた。

清家が持ってきたのは・・・茶ではなかった。

 

「清家、これは。」

「椎茸茶でございます。」

「何の真似だ。」

「何の意味もございません。強いて申し上げるならば、健康に良いという話を薬師から伺いましたのと、
白哉様の苛立ちを治めるのを助ける薬効があるのではと思ったまで。」

「余計なことを。」

「以前、苛立ちを押さえる成分、現世では「かるしうむ」と言うのだそうですが、それを吸収するのを助ける働きを持つものが
入っているのだと伺いましたゆえ。

以前、ルキア様が現世にいらっしゃったときに、いらいらしているときには「かるしうむ」を摂るようにと
御学友の皆様に勧められたそうでございます。

椎茸にはその「かるしうむ」の吸収を助ける栄養が多いのだとか。」

 

椎茸ごときで、この苛立ちが収まるものか。

 

いや・・・苛立ってなどおらぬのだ。

ルキア一人がおらぬからといって、苛立つことなど。

 

ルキアが何処へ行ったのかが分からぬからといって。

ルキアが・・・・

 

 

私は以前と比べ、お前のことを良く見ていると自負している。

その自負は的外れだと笑う者もおるが、その様な下らぬ言など聞くにも値せぬ。

 

お前が何を好むのか、お前が何を喜ぶか。

一つずつ知っていくたびに、私はお前の新たな一面を垣間見る喜びを知るのだ。

そして、それらを目にしたお前の喜ぶ顔を見れば、更に私の内は満たされる。

 

今日はお前の好む店の甘藷餡の饅頭を取り寄せたのだ。

それを美味そうにほおばる姿が脳裏に浮かんでは消える。

 

明日はお前の好む色の小紋が屋敷に届けられるであろう。

週末は其れを着て野山の散策も良かろう。

 

お前の好むものを用意したのだ。

お前の喜ぶものを準備したのだ。

 

お前の笑う顔をこの目に焼き付けたいのだ。

 

 

だのに、

 

お前は何処へ行ったのか。

家のものにも、ましてや私にも何も告げずに。

再び私の許から去ろうとでもいうのか。

 

何が気に食わぬのだ。

何が気に触るのだ。

何がお前の望みなのだ。

 

・・・ちらと脳裏を過ぎった、あの者への疑いの念。

 

私が邪魔になったが故に消えたのか。

私の他に気を許す者が出来たのか。

私を其れゆえに置いていこうというのか。

 

再び、私を・・・独り、にするつもりか。

 

それがお前の望みか・・・・

 

邪推しか頭に浮かばなくなるほどに、私の内はお前で満たされているというのに。

お前の内には私の存在などおらぬに等しいのか。

 

私以外にお前を・・・・

私以外がお前を・・・・

 

許さぬ。

許さぬぞ。

 

あの文机の上に広げられた書に、滲んで出来た漆黒の点々。

その黒さが、私の内に溜まり積もる何かに似ていた。

気を抜けば、その闇に飲まれるやもしれぬと思わずにいられぬほどに。

 

「・・・・」

 

それを飲み込み流すように、手の中の湯飲みに残った椎茸茶を一度に空けた。

芳しい茶如きで足掻いたところで、収まるわけもないと分かっていように。

 

 

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